クラスメイトの馬渕くんのせいで私の休日は散々なものだった。
当然寝れずに朝は寝不足になるわ、
何を思ったのか普通の牛乳感覚で飲んでしまったホットミルクで舌を火傷するわ、
買い物に行こうと思って出掛けたものの履いていた靴下が左右バラバラだわ・・・
もうこういうときは家でおとなしくしていようと引きこもりを決めたのに、一人でいてもすることがない私は、金曜日の放課後の出来事を思い出しては頭を抱えた。
「なんなの、もう・・・」
馬渕くんは学年でも絶対的上位に入るくらいに顔面偏差値が高い。
そんな有名な彼の存在は知っていたし、全く意識していなかったというわけではないけれど、
あまり社交的ではない彼は必要以上に喋るタイプでもなさそうだし、男友達や先輩と居ることが多いから、私からも必要最低限話すことは無かった。
それに彼のファンだという子は山のようにいるけど、山ほどファンがいる彼を私なんかが好きになるなんて 痴がましい相手だと思っていた。
まあそれ以前に彼がどんな人かなんて話をしてみないとわからないし、
”クールでシャイ”だという見ればわかるくらいの噂しか耳にしなかったから、私の中での彼はそれまでだったわけで。
そんな馬渕くんが。
まさかそんな馬渕くんが。
一ヶ月に一度くらいしかまともに会話したことがない馬渕くんがあんなことを・・・!
今馬渕くんのことでこんなにも切羽詰まっているよ!なんて先週も呑気に学校生活を送っていた自分に教えてあげても信じるわけがない。
むしろ今現在も信じられない。
夢なんじゃないかなやっぱり。
いっそこのこと夢であってくれよ。
家にいるだけじゃ落ち着かなくて、あのとき一緒にいたみわに電話をかけてみる。
長々と流れる呼び出し音だけが虚しく響いて、仕方なく電話を切る。
するとすぐにメッセージアプリの通知音が鳴る。
『今電車の中!どしたー?』
あ、そっか。
今日は彼氏と今話題の映画を見に行くって言ってたっけ。昨日の放課後そんな話をしていたのに、すっかり頭からすっ飛んで邪魔をしてしまった。あの後みわとも混乱状態で話をしたんだけど、結局私たち二人で今の何!?しか言ってなかった気がするし、みわも私も夕ご飯のためにとりあえず解散しようとなったのだった。
食欲には勝てない。
『ごめん!そうだったね!金曜日のことで頭がいっぱいで・・・また月曜日話しよ』
『大丈夫か!また月曜日にね』
月曜日にはもう馬渕くんと顔を合わせてしまうので、どうにかこの休日でみわに話だけでも聞いてもらって・・・と思ったけど、今日はお楽しみ中だし、せっかくの休日に邪魔するのはやめよう。うん。
「はあ・・・」
そもそもなんでこんなことになったんだっけ。
きっかけを遡ってみよう。
金曜日の放課後は暖房の効いた快適な教室で冬休みに某テーマパークに遊びに行く計画を立てていた。
通称夢の国と言われているそのテーマパークに、絶賛彼氏募集中の私はいつか彼氏と行ってみたい!と言った。
行けばいいじゃん!勇希先輩と!
と、みわが私の永遠の王子様である 宮地勇希先輩の名前を出したのだ。
いやいや、勇希先輩は付き合うとかそういう次元ではない。
永遠の王子様なんて言っているけど、いわゆる私の“推し”である。
という熱弁を、みわに話していた。
勇希先輩はいつも眠そうだし、顔立ちも実は整っているのに目が死んでるし、ちょっと何考えてるのかわからない感じが私の推し心を駆り立てる。
天先輩のように王道な陽キャとは真逆の所謂陰キャなところも推せる。
って言ってもあまり周りの友達には理解されなくて寂しいけど・・・。
そう。
それで、その勇希先輩は馬渕くんの中学からの先輩だということも知名度が高い話だ。
そんな勇希先輩は馬渕くんのことを“バブち”と呼ぶのだ。
同じクラスの男子から聞いた話だと、勇希先輩は馬渕くんのことを赤ちゃんみたいだというからそう呼んでいるという。
馬渕くん、よく「バブチ」と読み間違えられているし、”赤ちゃん”と”バブチ”をうまく掛け合わせているんだと理解した。
どうして馬渕くんが赤ちゃんみたいなのかは知らないけれど、そんなことより勇希先輩センスありすぎである。さすがすぎる。
勇希先輩の側近であり、馬渕くんの部活の先輩でもある天先輩もたまに”バブち”って呼んだりしている。
特に勇希先輩のようなスーパー無気力なお方の口から”バブち”って発せられるのがめちゃくちゃかわいすぎない???
という私の熱弁もあまり分かってもらえなかったけれど、その流れで”バブち”こと馬渕くんの話になったのだ。
どこから馬渕くんに聞かれていたのかわからないけれど、あの感じは粗方聞かれてしまっていたと思う。
自分の注意力のなさはもとい、一度も本人には言ったことなんかないあだ名を・・・
バブちって私・・・大馬鹿すぎる・・・!
もうきっと月曜日からは普通の生活を送れない。
そんな大事件を起こした犯罪者のような気持ちになり、普段じゃありえないくらいの憂鬱な休日を過ごすことになってしまったのであった。
「・・・アーメン」
さようなら、月曜日の私。
