最近、馬渕君からのメッセージの返信が遅くなったように思う。
と言っても毎日必ずやり取りはあるのだけど、最近は部活の終わりが遅いのだろうか。
毎日メッセージのやり取りをしているのに、馬渕君とは投げかけられた質問に軽く答えたりたわいのない話をしているだけで、
私は彼のことを何も知らないことに気が付いた。気の利いた返事のひとつもできていないことに気付いて、情けなくなった。
軽音部に入っていることは知っているし、彼はドラムをやっていることも有名だから知っている。
けれど実際にドラムを叩いているところは見たことがないし、文化祭のステージはいつもチア部やダンス部のステージだし、軽音部は活動として何をやっているのかも、そういえばわからない。
ただ、夢中になっていることは会話の内容からも感じ取れている。その熱の一部が私に向けられていることが未だに信じられないわけだけど。
自分の気持ちに気付いてから彼のことをもっと知りたいと思うようになったものの、この気持ちを認めたかと言われれば、素直にイエスと言えない私は、本当に可愛げもなく恋愛にも向いていないのではないかと思ってしまう。
そんな今日も遅くになってから部活が終わって帰ってきたという連絡がきた。
通知画面に彼の名前が表示されるだけで、胸がきゅんと音を立てている。
“お疲れ様!”
“ありがとう!疲れた”
“最近遅いけど、近いうち大会的なものとかがあるの?”
彼のことを何でもいいから知りたい、私なりの精一杯の返事だと思う。
すぐに既読がついて、リアルタイムで彼と文面での会話が成立していることにもドキドキしている。
あれ、私って結構馬渕くんのこと……
“今何してる?”
「ん?」
通知音と一緒に返ってきた返事は、的外れな返答で思わず独り言がこぼれてしまった。
そんな私は今何をしているかというと、ポテチを食べながら漫画を読んでいるというTHE・干物女っぷりを発揮している最中だった。
いや、気持ち的には全くもって干物ではいないんだけれども!!自分でも驚くくらいの女らしい気持ちになって戸惑いさえしてるけども!!!
気持ちを少しでも落ち着かせようと思ってついお菓子と漫画に手が伸びて干物になってしまっただけ!!!!
と、誰に言い訳しているのかわからないことを心で唱えながら私の親指は自分でも驚くほどスラスラと動いた。
“勉強してたよ”
…メッセージアプリっていいよね。顔見えないし。便利な世の中だよね。
“えらいじゃん”
“少し時間ある?電話で話したいんだけど”
持っていたポテチを思わず落としてしまった。
ででででででで電話…!?
急に動悸がしてじんわり汗が滲んできた。
私は好きな人に対してこんなに積極的になれたことが未だかつてない。サラリと言ってのける馬渕くんにはただただ感心するばかりだ。
意を決して“いいよ”と返事をするとすぐに既読が付き、その瞬間に着信画面に切り替わった。
「も、もしもし」
『もしもし。ごめんいきなり』
「ううん、全然大丈夫」
『ほんとに勉強してた?』
「エッッ、し、してました」
『はは、ほんとに?』
「ほ、ほんとに!」
『必死だなあ』
電話越しに馬渕くんが笑っている。部屋にいるのか、遠くから音楽が流れているような音も聞こえる。
好きな男の子と電話するなんて、たぶん私初めてだ。
こんなにドキドキするんだ………
「部活…お疲れ様」
『ああ、うん。ありがと。大会じゃないんだけど、今度ライブハウスでライブやるんだよ』
「え、そうなんだ!すごい」
『部活として出るわけじゃなくて、本当にバンドとして』
「すごい…え、馬渕くんは将来有名人になるの…?」
『待って質問がすごく飛躍してる…フフ………ッ』
「馬渕くん…めっちゃ笑うじゃん…割と本気の質問なんだけど…」
『ごめんって、うん、まあ将来は有名になれたら嬉しいけど。勇希先輩の親父さん主催のフェスみたいなやつに出るんだよ』
確か勇希先輩のお父さんは有名なギタリストだと聞いたことがある。
「え、すごい…本当にすごい!」
『そう、だから最近遅いの』
「そっか…がんばってるんだね、練習」
『うん。だから頑張ってるところ見に来てほしいなーっていうお誘い』
「え?」
『そのフェス、暇だったら鈴木さんに来てほしい』
日程を聞くと、今週の土曜日の夕方だという。
めちゃくちゃ暇してた。
「うん、行く!」
『うわ、やったあ。来て。一人だと心細いだろうから友だち誘ってくれてもいいし。一応関係者席もあるし、もし一人でも大丈夫なようにしておくよ』
「ありがとう。楽しみにしてるね。え~すごい、がんばってね!」
『うん、……』
「…?馬渕くん?どしたの?」
『いや、なんか、うん。すげー嬉しいね』
電話越しでもわかるくらい、馬渕くんが嬉しそうにしているのが声色で伝わってきた。
そんなに嬉しそうにされると、恥ずかしい。
『がんばるよ俺。楽しみにしててね』
「う、うん!私も楽しみにしてる」
『ありがとう。じゃあ、おやすみ』
「おやすみ、」
電話を切ってしばらく放心状態だった私。
読んでいた漫画も、どこまで読んだか覚えてない。どんな話だったかもすっ飛んでしまった。
当然、寝れるわけがなかった。
