3,新たな小さい仲間
「失礼します。霜月雪花です。」
 私は膝まずいて顔を下げる。
 おじさまの部屋はいつもと変わらず本がたくさんある。それもすべて暗殺に関わる本ばかり。
「…雪花か。君には一つ任務を与えよう。」
 また見回りかな?それとも潜入捜査とかかな?
「はい、なんなりと。」
 私はそんなのんきなことを考えながら、おじさまの次の言葉を待った。
「じゃあ、こいつを立派な暗殺者へと導いてくれ。」
「はい……。」
 え…?
「雪花の隣の部屋にもういるから迎えに行ってこい。」
 は…?
 私は思わず顔を上げて、間抜けな顔をする。
 立派な暗殺者へと導く⁉
「この資料をよく読んで励むといい。」
 そう言っておじさまが片手で資料を投げた。私はとっさにキャッチして少し中を覗いてみる。
 そこには名前や年齢が書かれていた。そして重要な顔写真は貼られていない。
 顔が分からないと誰かわかりにくいのに…。
 私は憎まれ口を心の中でたたきながらおじさまの部屋を出て、その子の部屋へと向かった。
 あ、そうだ。そういえば、皐月が言ってたな…。
『一人前の暗殺者になるためには、一人の新人を立派な人に育て上げないといけないんだ。僕は雪花を育てるという任務でここまでお世話をしてきたんだ。いつか雪花も一人の子を立派な暗殺者に育てることになるよ。』
 つまり私が一人前になるための最後の任務ということか。
 はあ…。面倒くさい。
 私は廊下を歩きながらため息をついた。

 ついに来てしまった。
 ここは私の隣の部屋―――つまり、新人の部屋ということだ。
 私は早速ドアを三回ノックする。
「…はい。」
 そうゆっくりドアを開けて顔をのぞかせたのは、小さい男の子だった。
 大体…七歳くらいかな?私が暗殺者になった時もそのくらいの頃だったな。
 顔は疲れているような、汚れているようなよくない見た目で髪は真っ黒。目は若干、たれ目だった。
 隙間から見えるその子の部屋は、机とベッドと大きな本棚が見えた。その本棚にはぎっしりと本が詰まっていておそらくおじさまが、暗殺者へと育てるために本をつぎ込んだのだろう。
 その子の顔に私の顔を近づけてにっこりとほほ笑んだ。
「私は雪花。あなたの名前は?」
 怖がらないように、なるべく優しい口調で、笑顔でそう言った。
「…颯太。」
 私を警戒するようなそんな口調だった。
「ねえ、一緒にお話ししない?私の部屋においで。」
 颯太はしぶしぶ私の部屋へと入っていった。

「…話って何?」
 颯太は緊張した声で話してきた。
「うーん、じゃあなんで颯太はここにいるの?」
 私は何気ない会話を繰り広げようとした。
「お母さんとお父さんがいないから。」
 嫌な記憶を思い出させてしまったかもしれない。いきなり質問を間違えたかな…?
「そっか。じゃあ今からお姉ちゃんとお菓子タイムにしない?ちょっと待っててね。」
 私は席を立ってキッチンのほうへと向かった。
 手に取ったのはクッキーやチョコレート、駄菓子など。
 これは皐月がずっと私にくれるお菓子。小さいころは私の心を開こうと、毎日毎日私にずっとお菓子をくれていたこともあったなぁ。
 私は懐かしいことを思い出しながら颯太のところに戻った。
「ほら、たくさんのお菓子だよ!お腹いっぱい食べていいからね!」
 私は颯太の前に大量のお菓子を置いた。
「うわ…、たくさん…。」
 颯太はあまりにもたくさんありすぎるお菓子を見て、少し引いている。
 あはは…、まあそれだけ皐月から愛されていると思ったらいいか…。
「好きな食べ物は?」
「……ミカン。」
「好きな遊びは?」
「…サッカー。」
「ええ⁉サッカーが好きなの⁉私サッカー苦手だから今度教えてもらえない?」
 意外な趣味に驚きながら、つい本心で物事を言ってしまった。
「別に好きと得意は違うし…。でも教えてやってもいい…。」
 そう顔を赤くしながらつぶやいている颯太は、控えめに言って可愛かった。
「ふふっ、じゃあ約束ね‼」
「なあ、ええっと…雪花さん。」
 何か考えて私のことを「さん」付けして呼んでくる颯太。
「〝お姉ちゃん〟でいいよ。」
「…じゃあお姉ちゃん。僕、人を殺すの…?」
 颯太は不安そうな顔で私の顔を覗いてきた。その瞳からは不安や迷い、悲しみが伝わってきた。
 全部おじさまから聞いているのね。だったら話は早い。
「…うん、最終的にね。でも今の颯太だったらまだ人は殺せない。強い人にならないといけないの。まあ、私もまだ殺せないんだけどね。」
 そう、私は颯太を一人前の暗殺者に育てないといけない。それと同時に颯太は人を殺す犯罪者になってしまう。
「颯太には、その覚悟はある?」
 颯太はうつむいてしばらく何もしゃべらなかった。
「ないかもしれない、でも頑張る。」
「うん、颯太はその覚悟だけで偉いよ。」
 私は颯太の頭を優しくなでて、笑った。
 なでると照れくさそうに「えへへ」と笑い返してくれる笑顔は、ただの小さい男の子そのものだった。
 私は颯太を部屋まで送って「おやすみ、また明日!」と言って、即座におじさまへのところに向かった。

「失礼します。」
 私は背を向ける大きな背中に言った。
「おお、雪花。こんな夜遅くにどうしたんだい?」
「颯太のことです。」
「颯太か。順調にいっているかね?」
 私は颯太のことを何もわかっていない。だからこそ知らないといけない。
「今の颯太はまだ小さい男の子です。なぜここに連れてきたのですか?ほかにも道はあったはずです。」
 あの純粋な颯太が「人を殺したい」と思うはずがない。
 おじさまが無理にここに連れてきたっておかしくはない。颯太が犯罪に手を染める前にもっとちゃんとした道を歩ませたい。
「うーん、あの子はすごい才能を持っている。ただそれだけだ。」
 すごい才能?おじさまは長いこと強い人と関わったことが多いからわかるのかもしれないけど、それとこれは別だ。
「それに颯太の両親は殺された。何者かによって。」
 おじさまはなにか隠しているようなそんな表情だった。
 そして殺された?おじさまはそれくらい簡単に分かるはずなのに、何者かと言っているということは、「本当は知っている」とかの何らかの理由があるはず。
「それだけだ。雪花、これからも励んでくれ。」
「…はい。」
 両親がいないということは頼れる存在がいない。颯太がさみしい思いをしないように私が立派な暗殺者に育ててみせる。
 私はいつも以上に気合を入れた。

「お姉ちゃん、今日からどんな訓練をするの?」
 今日は訓練の初日。颯太に武器の使い方や護身術を教えるのは私の担当じゃないけど、初日だけ私も同行することにした。
 颯太は動きやすいようなシャツに短パン。一応サッカーをしていたらしいからそれなりに体力はあると見込んでの格好。
「うーん、今日は颯太に合う武器を探すことかなぁ?」
「武器?お姉ちゃんは何の武器なの?」
 颯太は首をかしげながら聞いてきた。
「私はナイフだよ。小型のほうがバレにくいし…。」
 私は一応ナイフとばれないように服の下に隠してあるけど、万が一バレたら大変。
 ちなみに皐月はクナイで、おじさまは毒。おじさまは基本何でも使えるけど、毒はさわったり体内に入れることで簡単に人を殺せるらしいから好んで使っているらしい。
「ふうーん。そうなんだあ。」
 私は颯太の目の前にたくさんの武器を置いた。拳銃に私が使っているようなナイフ、大きいナイフやカッター。刀や弓矢、クナイなど全てをかき集めた。
「わー!すごい!こんなにあるんだね!かっこいい!」
「じゃあ、試しに使ってみましょうか。」
「うんっ!」
 最初はどれにしようかな?やっぱり使いやすい刀かな?
「ねえお姉ちゃん。僕これがいい!」
 そう言って指をさしたのは拳銃だった。
「ん?これ?」
「うんっ!かっこいいから!」
 そう言って笑顔で笑う姿は、少年そのものだった。
 私は暗殺者としての道を、颯太に歩ませることを考えると、少し胸がチクッと痛んだ。
 少し大きめでスナイパーが使うようなもの。まあ体験として使わせてもいいか。
「うん、いいよ。あそこの的に打ってみて。」
「はーい!」
 颯太は銃を構えて、そのまま迷うことなく打った。
 拳銃は私が三年かけてやっと的に当たるようになった難しい拳銃。
 私は当然当たるわけないと思っていた。が、颯太が打った銃は見事に、的の中心に当たった。
 す、すごいっ。この的は私が三年かけてやっと当てられるようになったのに。
「すごいっ、すごいよ!本当に‼」
 私がほめると颯太は何事もなかったかのようにポカーンとしている。
 なんでそんな顔をするのだろう…?
「え?これが普通じゃないの?」
 颯太は的に打てることが普通と思ったらしく、そういう顔をしていたらしい。
 私はおじさまが言っていたことが少しわかった気がした。颯太には他とは違う、才能があることを。
「普通じゃないよ!それは才能だよ‼」
 私は颯太の頭をよしよしと撫でているとドアが三回ノックされた。
 もう、こんなときに誰…?
「雪花様、暗殺長がお呼びです。」
 皐月が部屋に入ってきたのだ。
 暗殺長というのはおじさま。おじさまはこの暗殺組織のリーダー。弱そうな老人に見えるが、相当の実力者なのだ。
「颯太様は私が見ておくので行ってください。」
 私は颯太のほうへ向き合った。
 颯太は心配そうな不安な顔で私を見つめてくる。初めて私とおじさま以外の人と接するのが不安なのだろう。
「お姉ちゃん、行っちゃうの?」
「大丈夫だよ、皐月は優しいから。なにかあったら大声で叫んでね‼」
 私はそれだけを言って急いでおじさまのところへ行った。
 皐月は意外と面倒見がよく、普通の子はすぐに仲良くなれるらしいが、私とは三か月もかかってしまったらしい。
 きっと颯太ともすぐに打ち解けるはず。
 私は訓練場を後にした。

「暗殺長、お呼びでしょうか。」
 おじさまは優雅に紅茶を飲んでいる。
「雪花、颯太の訓練はうまくいっているかね?」
「…はい、今は颯太専用の武器を調査中です。」
 おじさまは嘘をついている人がいたらすぐに見破ってしまう。
「そうか、ちなみに何の武器になりそうかね?」
「見込みですが、銃になると思います。私が三か月もかかった的当ては一発でこなしてしまうほどの実力です。これは相当な戦力になるかと。」
 颯太は確実にすごい暗殺者になる。こちらとしては喉から手が出るほど欲しい人材。
「そうか。訓練には皐月を使う予定だから、雪花はそれ以外のことをしてもらう。これからも教育に励むように。」
 私は最後に返事をして訓練場に戻った。



「お姉ちゃん!準備できたよー!」
 部屋の外から聞こえてくる颯太の大声。
「はーい!今行く―!」
 私は銃とナイフを持って部屋を出る。
 外にいたのは半ズボンでパーカーを着ている颯太だった。
「じゃあ行こうか!」
 今日は颯太の、初めての任務。任務と言っても見回りなどの簡単な仕事。こうして慣れてもらって、一人でいろいろとできるようにするためだ。
 二人で向かっているところは商店街。暗いところは危ない人が多すぎるから、人が多い商店街は体験にもってこいの場所。
「じゃあ、お姉ちゃんは見守っているから頑張ってね!」
 私は颯太に一言かけて近くの物陰に隠れた。
 颯太は遊びに来た子供のように車のおもちゃに目をキラキラさせて歩いている。もともと颯太はそんなに車は好きじゃない。好きなのはサッカーなどの運動系だ。颯太は演技でおもちゃを見ている。はたから見たら〝おもちゃ好きの子供〟と思われているに違いない。
「…雪花?」
「きゃっ!」
 いきなり背後から名前を呼ばれて飛び上がってしまった。急いで後ろを振り向くとそこには刹那さんがいた。
「せ、刹那さん…?」
 私が確認するように名前を呼ぶとニヤッと笑って「…当たり。」と言った。
 刹那さんは大きめのパーカーでズボンは細めでスタイルの良さが際立っている。いつもとは違う私服姿で不意にも胸がどきっと反応してしまう。
「暇だからふらっと来てみたら、見慣れたやつがいたから声をかけた。雪花は?」
「私は…」
 刹那さんに私の用事を言ってもいいのかな?刹那さんに事情を話しているとはいえ、これとは話が違う。
「…私もふらっと来てみただけです。」
 あっ、そうだ。颯太は…。
 私は任務のことを忘れていてさっきいた颯太のところを見てみてもいない。周りを見渡してもいない。
 …最悪だ。…見失ってしまった。
「失礼しますっ!」
 私は刹那さんに一言かけて走り出した。人が多いからそんなに走るスピードを上げることはできないが、できる最低限の速さで探した。
 颯太っ。颯太っ。
―――バンッ
 この音は…銃弾?
 私はかすかに聞こえた音を頼りにそこに向かった。
 この銃音はおそらく颯太のもの。銃は必要な時だけと言っているから緊急くらいでしか使わないだろうけど、銃音が聞こえるってことは緊急事態。
 私が目を離したからこんなことにっ…。ごめんなさい、ごめんなさいっ。
 颯太、お願いだからまだ生きてっ…。
 お願い、間に合って…。

「颯太っ…。」
 私は目を見開いた。
 颯太が傷だらけで銃を使って戦っている。しかも相手は包丁を持っている。動き的に相当の実力者。私たちみたいな仕事をしているのだろう。
「お姉ちゃん!その子が襲われている‼お姉ちゃんはその子を連れて逃げて!」
 颯太は再びその人と向き合って戦い始めた。冷静に銃で狙いを定めて放つ。正確で速い球だが相手には避けられてしまう。でも一瞬でひるんだ隙に颯太はもう一度銃を放つ。
 私のせいでこんなことにっ…。
 胸が締め付けられるような苦しい気持ちになった。
 私は走りながらナイフを手に持ち、切りかかる。
 ナイフで一発、首に入れようとしてもすぐに避けられてしまう。私は何度も体勢を立て直して攻撃をする。颯太も再戦して、攻撃を与える。
「きゃっ!」
 私は足を滑らせてこけてしまった。この隙を見逃さないという勢いで私のほうに迫ってくる。
 相手は大きく手を振り上げた。
 刺されるっ‼
 そう私は直感し、目をぎゅっとつむった。
―――カキーン
 大きな音がして目を開けると、そこには大きな見慣れた背中があった。
「刹那さんっ‼」
 私の後を追っていたのかなっ?って、そんなことを考えている場合じゃないっ‼
 刹那さんは一般人離れした動きで戦っている。
 す、すごいっ!
 相手は刹那さんの登場にだんだんと焦ってきたのか、動きも荒くなってきた。
 これ、よくある暗殺者の動きだ…。
 暗殺者などの実力の人が焦ると、動きが大きくとにかく武器を振り回す状態になるから攻撃も読みやすくなる。そうおじさまから教えてもらった。
「颯太!アレっ!」
 私は颯太に指示を出した。万が一のために持たせておいた〝アレ〟
「お姉ちゃん…!」
 颯太から投げられたものを受け取って見てみると、それは麻酔の薬だった。
 相手の口に入れれば眠る。そういう作戦らしい。
 私と颯太は目で合図を取り、体制に入る。
「志保さんの仇―!」
 私はそう言った相手の大きく口を開けた瞬間に薬を放り投げた。
 …え?志保さん?だれのこと?
「は?」
 私がびっくりする以前に刹那さんのほうがびっくりしていた。
「どういうこと?」
 颯太もおんなじことを思ったのか少し動きを緩めて口に出す。
「お前らが殺したんだろ!志保さんのことをっ‼」
 そう言った瞬間、麻酔が効いたのか倒れてしまった。
 一条さんの仇?私たちが志保さんを殺した?
「お姉ちゃん!この子、ケガしている!」
 颯太が小さい女の子を抱っこしてこっち来た。
「骨折はしてないみたいだけど頬にかすり傷が…!」
 私はポケットにあった絆創膏と消毒液で治療をする。
「それじゃあ、お母さんのところへ帰りな!」
 私はその子に言って帰らせた。
「颯太。この薬をあいつに飲ませて!」
 私は一つの薬を颯太に託した。
「わかった!」
 颯太はそいつの口に薬を入れて水道水を一緒に口に入れた。
 刹那さんは不安そうな顔で聞いてくる。
「今の薬、なんだ?」
「…記憶をなくす薬です。この一時間以内で起こったことを忘れさせます。」
「へえー。ねえ、あんたの名前はなに?」
 刹那さんは颯太の前でしゃがんで言った。
 颯太は刹那さんに怯えているが「…颯太。」そう目をそらしながら言った。
「颯太、お前。やるじゃん!」
「「え?」」
 意外な刹那さんのほめ言葉に私と颯太は目を丸くする。
「雪花と同じ暗殺者なんだろ?すげーじゃん。」
 颯太はその刹那さんの言葉を聞いた瞬間に顔をぱあっとかがやせた。
「本当に⁉本当の本当に⁉」
颯太は何度も確認してそのたびに刹那さんは「本当、本当だって。」そう言ってくれている。
 二人が笑いあう姿はほほえましかった。



 颯太の初任務をした次の日。私は颯太と一緒に買い物に来ていた。
「颯太、今日はね、ほしいもの全部買ってあげるよ!」
 私は少しどや顔で言うと、颯太はおかしそうに笑った。
「ははっ。お姉ちゃん、おかしーっ。」
 颯太の家庭は少し複雑で、服はボロボロで家具は颯太の好みのものを調達しに来た。
 皐月はほかの任務が入って、今日は来られないらしい。
「お姉ちゃん!このお店に入りたい!」
 そのお店は、颯太のサイズにもピッタリで、ハーフパンツや薄いTシャツがたくさん売っていた。
「お姉ちゃん!これと、これとこれと……あ、買いすぎだった。じゃあ、これやめるね。」
申し訳なさそうに、持ってきた商品と戻しに行こうとする颯太。
今日は家具とかを買うから、お金は多めに持ってきた。
「颯太。全然買いすぎじゃないよ。お姉ちゃんはお金、たくさん持ってるからね!」
 私は心配させないように笑顔で言った。
「でも、家具も買うのにお金が無くなっちゃうよ?」
 不安そうに私の顔をのぞき込んでくる颯太。
 確かにお金は無くなっちゃうかもしれないけど、

「ねぇ皐月。例の件について、調べてくれた?」
 私は大きな椅子に座って、皐月に問いかける。
 実は颯太と戦ったヤツが最後に、謎の人・志保さんと叫んでいたから私は気になり、皐月に頼んで調べてもらっていたのだ。
「はい、ここ数日調べてみたところ、その方の名前は〝一条志保〟で、性別は女性と分かりました。」
「待って、今なんて言った?」
 聞き間違いかな?今、〝一条〟って…。
「〝一条志保〟という名前で女性だそうです。」
 き、聞き間違いじゃない⁉一条って、刹那さんの苗字…。
 たまたま同じ苗字ってこともあるよね!
 私はそう思い、気にしないことにした。でも、私の心には、何か引っかかったようなそんな気がした。
「そして、その方は十二年前、信号無視の車とぶつかり、今はお亡くなりになられたそうです。」
 つまり、事故で亡くなったって言うことか…。
 そういえばあの人、『志保さんの仇―!』とか言っていたな。仇って、仕返しをしたいとか恨みを晴らしたいとかの意味だよね。別に一条志保なんて人、私は知らないし…?
 考えれば考えるほど、深まっていく謎に混乱する。
「ですが、一つ、気になる件がありまして…。」
「なに?」
 皐月は一枚の紙を私の前に差し出した。
 よく見てみると、家系図のようだった。
 その中には〝一条志保〟という名前の人がいて、一人の子供がいるらしい。名前は………
「え?」
 思わず声が出てしまった。
だって、だって…。
「一条刹那…?」
 志保さんの子供は、一条刹那?それって刹那さんのお母さんってこと⁉
 私は皐月の顔を見ると、私が言いたいことを察したのか「ただの偶然かもしれませんが…。」と言った。
 ただの偶然、その可能性もある。だが偶然ではないかもしれない。
「そう、ありがとう。引き続き一条志保という人のことについて、調べて。私も調べてみるから。」
「はい、一応私が調べた情報をこちらに書いておきましたので、頭に入れておいてください。では失礼いたします。」
 皐月は消えるように、部屋からいなくなってしまった。
 最後に皐月が置いて行ったのは、綺麗にまとめてある資料だった。
 一条志保の誕生から、事故まで細かく書かれている。そして、少しだけ一条刹那という人の住所も書かれている。となりに一条刹那の顔写真も貼られている。
 目や鼻、口、輪郭など細かいところを見ても、刹那さんと一致するパーツが多い。つまり、一条志保の子供・一条刹那と、学校のあの一条刹那は同一人物ということになる。
 他にも、一条刹那の誕生から最新の情報まで事細かに記されている。一条志保と一条刹那の字の筆記体が違うから、おそらく皐月が自分で調査をして調べて、書いてくれたのだろう。
 ここまで徹底してくれて、皐月は私のためにたくさん頑張ってくれたんだな。

「お、おはようございます…。」
 私は静かにドアを開けて、声を出す。
「え、だよね⁉めっちゃおいしかった!また行こうよー!」
 む、無視…。
 ずっと変わらず、友達はいない。でもいつもとは違うことが一つある。
「「「きゃー、刹那くぅーん!」」」
 私はその歓声のほうへと視線を向ける。すると、刹那さんと目が合った。途端にパチッとウインクされる。
「っ……。」
 思わず視線をずらして、机に視線を向ける。
 刹那さんがウインクをしたら、必ず倒れる人がいるくらい、色気があってかっこよく見えてしまう。
 最近、刹那さんが私にウインクしてくるのだ。ばれたら、すごいことになるかもしれない…。いや、まだバレていないから大丈夫、大丈夫。
 お願いだから、ばれないでよー⁉
「ねぇ、君可愛いね」
「は………?」
 顔を上げると、そこにはいたずらな顔で笑う刹那さんがいた。
 思わず叫びたくなってしまう声をぐっと抑えて、周りを見渡す。そこには私をすっごい形相でにらんでくる人や泣いている人がたくさんいた。
 私は一瞬で明日の想像をしてしまう。
 あはは、明日は朝から校内を走り回ることになりそうだな…。
「ちょ、ちょっとこっち!」
 私は刹那さんの手を引っ張って、人気のない空き教室へと連れて行った。なぜかついてくる人もいたが、何とか撒いたみたいだ。
「あのねぇ、刹那さん?」
 私は振り返って刹那さんを見ると、いつの間にか私の目の前にいた。
「きゃっ……。」
 思わず後ろに後ずさると、つないでいた手を引き寄せられた。
 途端に抱きしめられて、顔が真っ赤になる。
「は、離れてくださいっ。」
「…却下。」
 な、なんなのこの状況。お、落ち着かない。
 体をねじってもどんどんと叩いても、何をしてもこの腕はほどけない。
「刹那さん?」
 私はがんばって首を動かし、刹那さんの顔を見る。
 刹那さんは、意地悪な顔でこっちを見ているのだ。色っぽく綺麗な瞳で見つめられて、私の顔はもっと赤くなる。
 そもそも、なんで私は抱きしめられているの?
「は、離してくださいっ。」
「んー?聞こえない。」
「だから、刹那さん!」
 私はとぼけ続ける刹那さんに、少しイラだった。
 もうっ……。
「刹那!もう呼び捨てにするよ!いいの⁉」
「ん。うれしい。」
「えっ⁉」
 刹那さんが嫌がると思って呼び捨てにしたのに、喜ぶなら意味ないじゃん‼
 それに、抱き合っているところを見られたら、もっと女子たちににらまれたり、明日が大変になってしまう!
 私は一気に想像して、顔が真っ青になる。
 だ、だめだ!絶対に阻止しないと!
「ねぇ、どうしたら離れてくれる?」
「じゃあ、呼び捨てで呼んで。」
 よ、呼び捨て⁉さっき呼んだんだけど……。
 そう思って刹那さんを見つめても、許してくれないらしく、意地悪な顔をして待っている。
 うぅ…。二人きりの時だけだからね。
 私は深呼吸をして、口を開いた。
「……せ、刹那。」
 簡単だと思っていたのに、いざ呼んでみると恥ずかしくて、きっと顔は赤くなっている。
 そう思っていると、手がほどけて、やっと解放された。
「ふぅ…。」
 乱れた息を深呼吸して整える。
 すると私は、あることを思い出した。
「あ!そうだ、刹那。伝えないといけないことが―――」
 その時、運悪くチャイムが鳴ってしまった。もう少しで授業が始まるチャイムだ。
「あ…、予鈴だ……。」
 私は伝えないといけないことがあったのに。と残念に思った。
「そんな可愛い顔をするな。放課後、またここに来い。」
「わかった!またね!」
 私は早歩きで教室へと向かった。
 そういえば、自然と敬語じゃなくなっていたな。仲良くなったってことでいいのかな?
 私は少しうれしい気持ちで教室へと戻った。

 教室のドアを開けて、自分の席に向かって歩き出す。
「うわ、あの子じゃない?」
「そうそう、あの子。刹那様の手を引いてどこかに行ったって子。」
 そ、そうだった。刹那を空き教室に連れて行ったのは私だ。
 周りの視線に耐えられなくなって、自然と顔が下を向く。
「あんな地味な子、刹那様が相手にするわけないよねー。」
 …そうだ。私みたいな地味な人、刹那が相手にするはずはない。
 刹那が私に話しかけてくれるのかは、刹那の優しさからくる行動だ。私みたいな地味な人をほっとけないだけだった。
 ……勘違いしてた。なにもかも。
 それに、まだ志保さんのことについても話せていない。はやく志保さんのことについて教えないと…。
 でも、志保さんのことを知ったら刹那は、傷つくかもな……。
 刹那が傷つくくらいなら、私が黙っていたら刹那は傷つかないで済む…。
 隠していることを悟られないように、なるべく近づかないようにしよう…。

 その日の放課後、何件か連絡が来ていたが、あっても話す理由もないから無視していた。
 ずっと無視をしていたからか、いつの間にかもう連絡は来なくなった。
 自分でそうしたくせに、無意識に涙がこぼれる。
 あーあ。唯一の友達がいなくなっちゃったな。