「あんたなんか生まれてこなかったらよかったのに‼」
 お母さんが私のことをたたいて、殴る。
 痛い…痛いよ…。やめてよ…。
「ごめんなさい…。」
 私は泣いて謝ることしかできない。
 父は毎日たくさんのお金を持って帰る。たぶん、毎日盗んで手に入れているのだろう。それに毎日酔っぱらって母に怒鳴り散らかしている。母は父の前では嫌われないようにいい子を演じている。父が家を出たらすぐに私に八つ当たりして暴力をふるう。そんな毎日だった。
「私と友也さんは、ずっと幸せだったのにっ…。………そうだ、あの日からだ。あんたが生まれた日!あの日から私たちは壊れていった。全部、あんたのせいだ……!出て行け!出て行って金を持って来いっ!」
母は私の髪の毛を乱暴に引っ張り、外に放り出す。
「出て行け!」
そう叫びながら、母はドアを叩きつけるように閉め、鍵をかけた。
 私は小さく縮こまって、雪が降る景色を見ていた。
 もちろん、盗むなんてことはしない。父と一緒にはなりたくないから。
 今日も大吹雪。暗くて寒くて悲しい雪の世界。
「寒いよ…。」
 私は声を絞り出すように言った。
 すると、目の前に影が一つ現れた。
 顔を上げると、そこには黒いスーツを着て帽子をかぶった人がいた。
 神秘的な、雰囲気が漂っていて私は直感で、この人はすごい人だと悟った。
 その人は私の目を見てこう言った。
「こんばんは。何をしているのかな?」
 にっこりとした笑顔で問いかけてくれる人。
 その人の声のトーンは優しいような鋭いような、不思議な感じだった。
 知らない人とは話さない。どうせこの人も離れて行く。
 私はその人を見つめていると、一向に口を割らない私を見て「…はは。」と笑った。
「…はは。それでは質問を変えようか。君、名前は何かな?」
 どうやら私が何か言うまで何も話さないみたいだ。
「ないです、名前。」
 私は名前を付ける意味が分からない。大体、名前がなくても何も変わらないと思う。
「そうか、じゃあ僕が名を与えよう。うーん、」
 その人は手をあごに添えて私の顔をまじまじと見ながら考えていた。
 ……別に、名前なんていらない。
「そうだ、〝雪花〟にしよう。」
 私は名前を聞いた瞬間、いつも白黒だった世界が一瞬だけ色がついたような気がした。同時に、心が温かくなるようなそんな感覚だった。
 冷たい雪の中でも輝く、強くて美しい存在という意味みたい。
 ……私には到底もったいなさ過ぎる名前。
「雪花、君は僕についてきてくれるか?」
 その人が手を私の前に差し出した。
 私はじっとその人の目を見る。
 ついて行って何があるかわからない。この人が不審者だって可能性もある。
だけど…行ってみたい。
 私はそっとその人の手の上に自分の手を置いた。
 温かい、人の手ってこんなに温かかったのかな…。
「よく手を取ってくれた。申し遅れた、私の名前は健司だ。…そうだな。雪花には〝おじさま〟と呼んでもらおうか。」
「はい…、おじさま。」
 おじさまは私の手をそっと放して背を向けた。
「また明日のこの時間、この場所で雪花に会いに来る。」
 私がやり残したことがないよう、時間をくれたのだろう。
 私はしばらくおじさまが消えていった方向をじっと見ていた。

 まだかな…?
 私はあれからお金を持ってこないと家に入れないといわれ、昨日からずっと外に出されている。
 あれからどれだけの時間、経ったのだろう…。もうそろそろ、約束の時間だと思うけど…。
「こんにちは、雪花様。」
 後ろから声がして、勢いよく振り返ると、そこにはおじさまに似たようなスーツを着て、長い髪の毛を一つに結んでいる男性がいた。
 私はその人を警戒するように、後ろに下がる。
「誰…?」
 私はその人に聞くと、その人は表情を一切変えず、背筋を伸ばした。
「すみません、ボス…いや、おじさまは急用が入って私が代わりにお迎えに来ました。」
 本当に…?私は疑いの目を向けるけど、その人は動じることなくにこっと笑顔を顔に張り付けている。
「それでは行きましょう。少し、失礼します。」
 その人は私をだっこして走り出した。
「ちょっと…」
 前がまともに見えないくらい早く走っていた。
「きゃーーー!」
 足が早すぎて、風が寒い。
「あ、すみません。早かったですか。」
 その人は私が思っていることを悟ってくれたのか、上着を私にかけてくれた。
「…あ、そういえば私の名前を教えてありませんでしたね。」
 耳元で超える温かい声。すごく安心する。
「うん…。」
「私の名前は皐月です。雪花様のお世話係とおじさまには言われております。」
 お世話係…?世間ではそれが普通なのかな?
 私は小さい家にしか居たことがないから世間のことは何も知らない。
「そう…。」
 私は皐月の胸の中に顔を押し付けて、目をそっと閉じた。

「雪花様、起きてください。雪花様。」
 誰かに名前を呼ばれているような…。
 目を開けると、そこには皐月がいた。
 よく見ると、ここは家でもないどこかの建物の中だった。
「ここはどこ…?」
 私は目をこすりながら皐月に聞く。
「ここは雪花様の部屋です。今日からはここで暮らしてもらいます。」
 暖炉に椅子に机もある。
「うん、そっか。」
「雪花様、おじさまから訓練場に来いとのことです。」
「わかった」

「雪花様、つきました。」
 そういって顔を上げるとそこには大きな木の扉があった。
 皐月が扉を開けて私を中へと促す。
「おお、よく来てくれた。」
そこにはおじさまがいて、皐月はお辞儀をして敬意を表していた。
 何…?ここは?
 私は周りを見渡して、おじさまの目の前に行く。
 それに周りには一切何もなかった。
「ここは訓練場、雪花には立派な暗殺者になってもらうために、ここで訓練を受けてもらう。」
 え…?
 それから私はおじさま、皐月と地獄の鍛錬の日々を送った。