今日は見回りか。クリスマスに近いからイベントが多い。イベントが多いということは、事件もそれなりに起きる。
 最近はあまり大きな事件とかはないから安心……と言いたいところだけど、事件がまったくなくなったわけじゃない。
 私・霜月雪花は女子高校生。だけど普通の女子高校生とは違うところがある。それは、〝暗殺者〟だということ。まだ未熟者だから人を殺したりはさせてもらえない。だからこうして見回りや情報収集、潜入捜査などさせてもらっている。
 私は静かな夜の街を歩きながらあたりを見回した。
 ところどころ部屋の明かりがついている。ホームパーティでもしてるのかな?
 それよりも、さ、寒すぎるっ。
 雪はさっきより強さを増している気がする。今日は大雪になりそうだな。
 早く終わらせて早く帰ろうかなっ…。
 私は吹雪の中、震える手を握り締めて、歩く速度を上げた。
「なによ、私が悪いって言うの?信じられないっ‼」
 な、何⁉
 突然の大声にびっくりして、声のする方へと行ってみた。
 よく見てみると遠くの方でケンカをしている人たちがいた。
「もう、どうでもいいだろ。…もう俺たちは終わりだな。さよなら。」
「な、なんてことっ……。」
 か、カップルの修羅場っ。それに別かれるって…。
 そして男性はどこかに歩いて行ってしまった。女性は途端に崩れ落ちる。
 周りの空気は凍り付き、すれ違う人も心配そうにこっちを見ている。
 だ、大丈夫かな…?
 私も彼氏や好きな人はいないけど、友達とけんかをしちゃったら嫌だな…。
「あの…、よかったらこれ使ってください。」
 私はすかさずハンカチを渡した。
 私も、この人も気持ちは痛いほどわかる。大切な人がだんだんと離れて行く。私も親に捨てられた身だから。
 その女性は私を見た。
 わあ、たくさん泣いてる…。そんな顔をされたらこっちまで心が苦しくなってしまう。
「そのハンカチ、捨てても構いませんので…。失礼しますっ。」
 ごめんなさい。
 見回りがあるのであとは周りの皆さんに任せますっ。
 そう心の中でつぶやいて私は見回りを再開した。
 しばらく歩いているときに急に雪が強くなった。
―――ぶおーーー
 さ、寒いっ。
 いつも動きやすいようにと薄着で活動しているから余計に寒い…。
「ははは、どうしちゃおっかなー?」
 すぐ近くで声が聞こえた。
 …何かすごく、嫌な予感がする。
 長年暗殺をやっていたから、大体のことはわかるけど…。
 私は駆け足で声が聞こえたほうへと向かった。

 声のすぐ近くに来たら、近くの物陰に隠れて気配を消して、様子をうかがった。
「うわぁー、汚いねぇ。」
 スーツを着て、顔が真っ赤で、ふらふらしている人がいる。しゃがんで、何かにしゃべりかけているみたいだった。
 酔っ払いだな。はあ。こんな雪の中、薄着で出てくるなんて、どれだけ飲んだことやら…。
 あきれていると、ポケットからキラッと光るものを出した。
 も、もしかしてっ…。
 私は即座に飛び出した。同時に酔っ払いの腕をつかみ、肩を軽く押した。
 ここでは、包丁もハサミも簡単に、手に入れられる。便利なところもあるし、刃物がすぐに手に入るという反面もある。
 酔っ払いはそのまま倒れた。予想通り、酔っ払いの手にあるものは刃物。刃物と言ってもハサミだからこの人が一般人か、私と同じ殺し屋かわからない。
私は酔っ払いを近くの屋根のあるところに連れて行き、猫を優しく抱き上げた。
 その時、後ろに気配を感じた。
「誰っ⁉」
 振り向くと、そこには人らしき影が映っていた。フードをかぶっているし、暗くてよく見えない。
 私は小型ナイフを持って近くに寄った。
 一瞬でその人の目の前まで移動し、ナイフをその人の顔の前に持っていく。
「……。」
 その人は私がナイフを持っていても何も動じなかった。
 この人、どこかの組織の暗殺者…?一般人という可能性もあるけど、めったにないし…。
 それより、ナイフがあることを知られた…。随分と面倒なことになったかもしれない。
「…何を見ている?」
 私は静かに、冷静に問いかけた。
 何も動じなく、ただ私を見つめている。
 冷たい雪が私の頬にかかって、私は少しずつ濡れていく。
 な、なんなの。この人…。
 だけど、こういう時こそ冷静さは忘れてはならない。命の危険の問題。
 私は一度深呼吸をして、向き合った。
 お互い何も話すことなく、見つめている。
「…ただの通りすがりだ。」
 その時、今まで感じたことのない不思議な雰囲気を感じた。
 二人でしーんと黙る。
 この人、やっぱり何か異様だ。心の奥まで見透かされているような感覚だった。
「…じゃあ。」
 その人はそのまま暗闇へと消えてしまった。
 私はしばらく、その場から動けなかった。



「きゃははー、やばいじゃん‼」
 私は教室のドアを開けた。
 数人がこっちをちらっと見て、また話に戻る。
 ……これが現実。みんな、誰かが来たと思って目を向けると陰キャが来る。
 慣れているはずなのに、今でも心がキリキリと痛んでしまう。
 私は気づかないふりをした。
「「「きゃーーー!刹那くぅーん‼」」」
 はあ、毎度毎度毎朝毎朝、よくこの歓声を出し続けられるな…。
 みんな一斉に立ち上がり、一か所へと走っていく。
 刹那という人は相当人気な人。人気の理由は運動面や勉強面など完璧。極めつけは隙のないキレイな容姿だ。アイドルのように整った顔立ちと、スタイルが完璧なのだ。今はファンクラブもあるほど人気。しかし、女子の告白を振りに振っているという噂がある。それに女子の歓声や、遊びの誘いにも一切反応しなく、無視一択らしい。
 まあ、そんなのウワサでしかないことで本当かはわからないんだけどね…。
「ねえねえ、今日の私可愛い?」
 着崩した制服にメイク。それに香水も異様なほどにつけているクラスメイト……いや、一軍女子と言ったほうが正しいかもしれない。その一軍女子が刹那さんに話しかける。
「………。」
 その人が可愛くあざとい仕草も加えて話しかけても一切無視。
 あはは、一軍女子は肝が据わっているというか…。
 その刹那という人は席を立って教室を出て行ってしまった。
 ここまでが毎日のくだり。

 掃除当番ではないことを確認し、カバンを持って教室を出る。
「おい。」
 ん?誰かに話しかけられような…。
 私みたいな陰キャに話しかける人なんていないか。
「そこのお前だよ。」
 え?私?
 そう思い振り返ると、不機嫌そうに腕を組んでこっちをにらんでいる……刹那さんがいた。
「気付くのが遅い。」
「す、すみません…。」
 私が慌てて頭を下げると、その人は続けてこう言った。
「…ついて来い。」
 その人はそのまま背中を向けて先に行ってしまう。
 私は周りを見渡して、慌ててついていく。
 他の人に見られて変な噂でも流されたら、もう学校に来られないかもしれない…。いじめの標的にされるということも、可能性はある。
 刹那さんと三歩くらいの差で歩く。
 いったいどこに行っているんだろう…。私、何もしてないよねっ。もしかして、陰キャへのいじめとかっ…?
 私は嫌な妄想をかき消すように頭を振って刹那さんについて行った。

 しばらく歩いて刹那さんが足を止めたところは一つの空き教室だった。
 中に入り、刹那さんは私に再度向き合って問いかけた。
「俺は昨日、お前が酔っ払いを対処しているところを見た。あの手慣れた手つき、どういうことだ?」
 み、見た?刹那さんらしき人の気配は何も感じられなかった……あっ!あの、フードをかぶった人、確かに声が似ているし、あの時顔は見えなかったけどなんとなく雰囲気が似てる気がする。
 私は内心、すごく焦った。
 あ、あのフードをかぶった人が刹那さんだなんて…。
 落ち着いて、私。こういう時こそ焦らず、冷静さを忘れてはならない。
 一つ深呼吸をして再び向き合った。
「私もただの通りすがりなんです。それに、護身術として少しの知識があったので、それを使って対処しました。緊張しましたが、成功して良かったです。」
 私は怪しまれないよう、にこっと微笑んだ。
 とっさの言い訳で、何とか乗り切る。
 少しぎこちないけど、初対面の刹那さんにはバレないはず。
 刹那さんは私の目をじっと見ている。
 わあ、綺麗な顔だなあ。こんな顔の人が現実で存在するなんて…。
 思わず見とれてしまっていた。
「…そうか。ところでお前の名前は何だ。」
 沈黙を破るように、刹那さんが声を上げた。
 そしてようやく認めてくれたらしく、刹那さんは名前を聞いてきた。
「…霜月雪花ですっ。」
 …少し声が裏返ってしまった。仕事にも関わるし、気を付けないとっ。
「ええっと、あの…名前は……」
 私は〝刹那さん〟とは知っているけど、みんながそう言っているだけで本当かはわからないから一応のため、名前を聞く。
 刹那さんは目を大きく見開いて固まっている。
 な、何かおかしなこと言ったかなっ?
 考えてもそれらしき原因は見つからない。
「え?俺のこと知らないの?」
 し、知らないってみんなは知ってるってこと?
「う、ウワサ程度では知っていますけど……」
 私がそう言うと、刹那さんは「はあ?」ともっと驚いていた。
 なんで驚くのだろう…。
「まじかよ、こういうやつもいるのな。」
 こういうやつもいるってこれもみんなは知っているのかな?私、時代遅れなのかなっ…。
「俺は、一条刹那。それとさ…。」
 そう言ってこっちに近づいてくる。私は刹那さんが近づいてきた分、少しずつ下がる。
―――ドンっ
 私は背中が壁についてしまった。つまり、逃げ道がないっ。
 そのまま刹那さんは容赦なく近づいてくる。
 刹那さんを倒すこともできるけど、場所が少し悪い。ど、どうしようっ。
 刹那さんは私の顔の横に手をついて、反対の手で私のあごに優しく添えた。そして少し顔を上げられる。
「…へ?」
 も、もしかしてこれって…。か、かか壁ドンとあ、あごくいっ…。
 突然のことに顔が真っ赤になってしまう。
「昨日の対処、ただの偶然か?何か隠してないか?」
 刹那さんは私の目をまっすぐに見る。そらしたくなるけど、そらしたら嘘ってことになるからだめだ。
「…何も隠してないです。」
「本当か?こっちはもうわかってるんだよ。言わないと、霜月は俺の彼女だって言いふらすぞ。」
 ええっ。なんで?
「刹那さんにどんなメリットが…」
「で?どうなんだよ。」
 刹那さんは私の言葉をさえぎって聞いてきた。
 刹那さんは、私みたいな陰キャが彼女ってみんなに知られたら、間違いなく私の平穏は、やってこない。そう見越しての発言だろう。
 も、もうだめかもしれない…。気付いてるって言ってたし、もう隠すのは無理か…。
「何も隠してないことはないけど……」
 私は降参して言うと、刹那さんはやっと手を離してくれた。
 はあ、つ、つかれたぁ。
「ふーん、じゃあ霜月って何者?」
「ええっと、ただの…。」
「もう俺に嘘は通じないからな。」
 またごまかそうとする私に鋭い目つきで、逃げ道をなくしていくかのように言い訳をさせてくれない。
「ここでは話しづらいです…。」
 ここは一応学校。この会話を聞かれても、おかしくはない。万が一のことを考えると場所を変えたほうがよさそうだ。
 そのことを刹那さんは悟ってくれたのか、「じゃあ場所を変えるか。」と二人で学校を出た。
「は?なんであの地味な女が?」
「どういうこと?刹那くんの隣を歩く人はあんな地味な女なわけがない。」
 こっちに注目している声が嫌でも耳に入ってくる。
 全部事実。私は地味でさえない人。人気者の刹那さんの隣を歩くのにふさわしくない。
 そんなことを考えているうちに、下を向いて歩いてしまう。
「あんなの、気にしなくていいから。」
「えっ?」
 反射的に足を止めて顔を上げると、刹那さんは何もなかったかのように歩いている。
 さっきの声、刹那さんだよね。ふふっ、優しいところもあるんだな。
 私はいつも間にか、心が軽くなった。

 私と刹那さんが向かったのは公園。最近は、暗くなるのも早いんだなとのんきなことを思いながら、公園のベンチに二人で腰掛けた。
「ここでなら誰にも聞かれないだろう。そういえば、もう遅いけど家に帰らなくて大丈夫なのか?」
 刹那さんが心配そうに私の顔を覗いて聞く。
「大丈夫です。親はいないんで。」
 思い出すのは吐き気がするほど、つらくて痛いことばっかり浮かんでくる。それは思い出したくもない過去。
「すみません、話がそれてしまいましたね。私は何者か、という質問でしたっけ?」
 私は無理やり話を変えた。
「ああ、いったい何者なんだ?」
「私は……。」
「ああ。」
「あ…、暗殺者です。」
「……はあ?」
 私が思い切って正体を話すと、口を開けて目を見開いてびっくりしていた。
 あはは、まさかクラスメイトが暗殺者だなんてね。そういう反応をするのも無理はない。
「まだ人を殺す許可は下りてないので、見回りや情報収集が私の主な仕事です。」
 もっと活躍できるように頑張らなきゃ。見回りも情報収集もだんだんと慣れてきたから、そろそろ許可が下りるころだと思う。
「じゃあ、俺が見た酔っ払いの対処は…」
「はい、仕事の見回りでたまたま見つけたので。」
 あの時の猫、ひどく汚れていたし、おなかも相当すいていたようだから病院に連れて行って、今はうちで飼っている。もう元気を取り戻していてキレイになっている。
「そう…なのか。付き合わせて悪かった。…家まで送る。」
 そういって立ち上がった刹那さんを慌てて止める。
「いやいや、大丈夫です。一人で帰れます!」
「危ないだろ。」
 まだ私が暗殺者という事実を受け入れられていないのに、家に送ってくれるという私の心配までしてくれているなんて尊敬するな…。
「一応暗殺者なんで、襲われても何とかなるくらいの実力は持っているから大丈夫です!」
 何をそんなに心配するのだろう。暗殺者が自分の身を守れないで、なにができる?
 それに今日は少し仕事があるから、コンビニで少し食べ物を買っていこうと思ったんだけど…。
「…女だろ。ここは甘えとけ。」
 これ以上断っても失礼と思い、お言葉に甘えて一緒に帰ることにした。
 二人で隣に並んで歩く。さりげなく車道側を歩いてくれるし、私の歩幅に合わせて歩いてくれる。
 さりげないこういう行動が、中身もイケメンというのだろう。
 少し感心していると、コンビニが見えてきた。
「あの…、私、あそこに用があるんですけど…。」
 遠慮がちにコンビニを指さすと、刹那さんはそれを見てこういった。
「買い食いしたいのか?」
 な、なんか恥ずかしい…。
 顔を真っ赤にしてうなずくと、刹那さんはくしゃっとした顔で笑った。
「ふはっ、買い食いってお前にも、可愛いところがあるんだな。」
 そんな顔で笑うんだ。いつも学校では無表情で無口なのに、ちゃんと笑えるじゃん。学校でもこうして笑っていればいいと思うのにな。
「なんで学校では笑わないの?」
 私はつい声に出していた。
 刹那さんは難しい顔をして少しの間、黙っていた。
「…女子が苦手だから。それこそ、霜月といっしょで俺は母親がいないんだ。」
 刹那さんは一瞬、寂しそうなつらいような表情になった気がした。
「ご、ごめんなさいっ。無神経に聞いちゃって。」
「別に。何も気にしてないから。」
 そう刹那さんは笑ったけど、何も気にしていないようには見えなかった。
 でも、もう深く聞くことはできず、一瞬の悲しい表情のことは気のせいと思うことにした。

「お会計、五百八十円になります。」
 私はマカロンを買って刹那さんはブラックコーヒーを買っていた。
 一緒にお会計をしたので、私はお金を出そうとすると、前にぴったりの金額が出された。
 よく見ると、刹那さんが出した分だった。
「ありがとうございました。またのご来店、お待ちしております。」
 その刹那さんが出したお金でお会計をしてしまう。
 店員さんからの丁寧な見送りを受けた後、刹那さんが私の分を払ってくれたからお金を返そうと、財布を握ったままお店を出た。
「あの、マカロンのお金、返しますっ。」
「いいよ、俺が払いたかっただけだから。それに、俺も飲み物買ったし。ついでだから。」
「そんな、悪いです。」
 マカロンは四百円くらいしたのに、払ってもらうなんて申し訳ないっ。
「今日、俺に話してくれたお礼。」
「…すみません、ありがとうございます。」
 本当にいいのかなっ。
 さっきから刹那さんにお世話になってばっかりだ。
「あ、私の家、すぐそこなんで。送ってくれてありがとうございました。」
 刹那さんは私の頭の上に手を置いて、ぽんぽんと二回した。
「そうか、じゃあな。」
 そして何もなかったかのように、歩いて行ってしまう刹那さん。
 心臓が大きく脈打っている。顔も熱い。
 い、いきなりでびっくりしたよ…。
 初めての感覚で戸惑いながらも、私は逃げるように家に帰った。