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〇ディミトリン王国の宮殿
NA: 宮殿に着くと、フロリアーナはスカートをなびかせながらつかつかと歩いて、第二王子の執務室までやってきた。
宮殿では誰もが彼女のことを知っているから、予約なしではいってきても、止める者はいない。
フロリアーナが大きな扉を押して部屋にはいってきた時、ロランス王子は机に向かって、秘書やふたりの部下と打ち合わせをしていた。
ロランス王子が顔を上げて驚き、署名しようとしていた手を止めた。
ロラン「フロリアーナ」
フロ「(小声で)いつもリアーナと呼んでくれていたのに」
NA:
フロリアーナは片足を斜め後ろに引き、きれいなカーテシーをした。妃になった時のために、子供の頃から練習している挨拶なので慣れている。昔はデブでちびだったが、17歳になった今はすっきりとした体形で、美しく愛嬌のある顔をしている。
フロ「ロランス、いいえ、ロランス王子、ぜひお話ししたいことがありますから、ふたりにしてください」
NA:
ロランス王子は3人に部屋から出るように言い、わざわざ歩いて行って彼らが立ち去ったのを自分の目で確かめてから、大きなドアをかちりと締めた。
ロラン「フロリアーナ、久しぶりだね」
フロ「ロランス王子、驚かれましたか」
ロラン「ああ、驚いたよ」
フロ「予約をいれずにごめんなさい。だって、予約をいれたら、逃げてしまわれたじゃないですか。もう3回も、ドタキャンされました」
ロラン「急に用事ができたんだ。ごめん」
フロ「わたし達は幼なじみ、以前は予約なんか、いらなかったのに」
ロラン「前と今とは違うから。ぼく達は、もう子供ではない。ぼくはこうやって働いている」
フロ「だから、ちゃんと面会の予約を取ったじゃないですか。それをキャンセルするなんて」
ロラン「すまない。ではどのようにして謝れば、ご機嫌を直してくれますか」
フロ「こちらも、プリンセス・ラファエラとの婚約式に参加できませんでしたから、そのことはあやまります」
ロラン「リアーナは体調がよくなかったのだろう。もういいのかい」
フロ「体調がよくなかったわけではないです。気分は決してよくなかったですけれど、病気ではないの。行けなかったわけは、ご存知ですよね」
NA:
王子はそのことには答えず、窓から外を見て、頭を掻いた。
フロリアーナが笑った気がして、王子は振り向いたが、彼女は笑ってはおらず、悲しい顔をしていた。
ロラン「まさか、フロリアーナと今日会えるなんて思っていなかったよ。明日は、ジャン・バスチャン王子との婚約式なのだろう」
フロ「よくご存知ね。わたし、婚約するかどうかなんて、わかりません。明日はお会いするだけです」
ロラン「王子はとてもいい人間だから、きっと幸せになるだろう」
フロ「わたしが幸せになれるなんて、どうしてわかるのですか」
ロラン「ジャン・バスチャン王子は学校の先輩で、いつも成績が一番で、運動もよくできた。クラスメートから信頼されていたよ」
フロ「成績が一番で、みんなから信頼されている人なら、わたしが好きになるとお思いですか」
ロラン「どちらにしても、途中で、学校を飛び出してしまったぼくなんかとは大違いだ」
フロ「わたしは逃げてくるような人が好きだと言ったら」
ロラン「そんな人間がいるだろうか」
フロ「わたし、とかげをこわがったり、暗いところで怯えたりする人のほうが好きなんです」
ロラン「奇特な人だね」
フロ「王子はご存知ですよね。わたしが、風変りだということを。変わっているって、いつも喜んでくれたじゃないですか。そこを好きでいてくださったのではないですか」
ロラン「……そうだったかな」
フロ「わたし達は子供の時からの付き合いですもの、長い時間の積み重ねがありますよね。思い出がありますよね。思ったり、思われたりして、過ごした時間。それは何の意味もないことですか」
ロラン「なにもないとは言ってはいない。しかし、ぼくはもう子供の時のぼくではないんだ」
フロ「きっと、わたしのことが嫌いになったから、何もかもいやに見えてしまうのですね」
ロラン「そういうことではない」
フロ「じゃ、なんですか。プリンセス・ラファエラのどこがお好きなんですか。あの方にあって、わたしにないものはなんですか。プリンセスという称号ですか」
ロラン「いいや。ぼくとラファエラは次男に次女、跡継ぎではないし、ふたつの国を合わせても、ジャン・バスチャンの国の半分にもならない。フロリアーナ、きみは大国の王妃になるのだよ」
フロ「聞いているのは、そんなことではありません。わたしのどこがいけないのですか」
ロラン「ラファエラは……」
フロ「プリンセス・ラファエラは?」
ロラン「……そういう質問はしない」
フロ「わたしが面倒くさいということですか」
ロラン「そういうことになるのかな」
フロ「前は、わたしのそういう簡単にはいかないところが好きだと言ったことがありましたよね」
ロラン「あったかな」
フロ「ありました。人生は謎を解くゲームのようなものだから、難しいほどやる気がでると」
ロラン「そんなことを言ったかな。若い時の話だ」
フロ「ロランス王子はまだ20歳、まだ若いじゃないですか」
ロラン「でも、もうすっかり疲れてしまった気がするんだ。ここからは、できるだけ、穏やかに、生きていきたい」
フロ「わたしと一緒なら、おだやかには生きられないのですか」
ロラン「リアーナは活発だから、たぶん……、だめだろうな」
フロ「わたし達、小さな頃から、いつも一緒に仲良く暮らしていましたよね。楽しい時ばかりではなかったけれど、協力してがんばったりして、一生懸命に生きていましたよね。たくさん笑いましたよね」
ロラン「そんなこともあったな」
フロ「わたしは、あれがずうっと続くと思っていました」
ロラン「人生は、思ったようにはいかないものだ。誰でも、そうだろう」
フロ「でも、ロランス王子が諦めなかったら、ずうっと続いていたのですよ。わたしはその気でしたから。でも、プリンセス・ラファエラに会って、気持ちが変わってしまったのですか。よっぽどすてきな人なのでしょうね」
ロラン「そうでもない。普通のプレリンセスだよ」
フロ「普通のプレンセスって、どういう意味ですか。特別なプリンセスだって言ってください。わたしを捨てて、選ぶくらいの人なのですから」
ロラン「フロリアーナ、きみを捨てたわけじゃない」
フロ「捨てたんじゃなかったら、じゃ、これはなんですか」
ロラン「ぼくはきみの幸せを願っているんだ」
フロ「やめてください。そんなこと、言わないで。この場になって、そんなことを言うのは卑怯よ。一番聞きたくない言葉です。わたしの幸せを願っているのなら、わたしを妻にしてください」
ロラン「それはできない」
フロ「王子、あなたはわたしの幸せを本当に願っているのですか」
ロラン「それは本当だ」
フロ「でも、わたしとは結婚はできないということですよね」
ロラン「できない。もう発表してしまったし、きみは明日、ジャン・バスチャンら会うのだから」
フロ「わたし、明日、ジャン・バスチャン王子と会うのをやめることができます。それで、どんなに咎められたとしても、平気です。謝り続けます。ロランス王子にはできますか」
ロラン「……できない」
フロ「勇気を出してみてください。わたしのことが好きですか」
ロラン「好きだけれど、できない。この立場では、できないこともあるのだよ」
フロ「そんなことはないです。やってみて。わたしのために、やってみて」
ロラン「……できない」
フロ「……わかりました」
NA:
フロリアーナは大きく息を吸って、涙がいりまじった息を震えながら吐き出した。
フロ「わたし、恋をしたのも、好きだと言われたのも、失恋したのもはじめてですから、すごくショックで、今、何を言っているのかわからないのです。わたし、あなたのことがものすごく好きで、世の中で一番信用していて、ふたりで生きていくことしか考えていなかったのです。でも、こんなにはっきりと、どうしても一緒に生きていけないと言われたら、諦めるしかないですよね」
ロラン「すまない。きっとその先で、別れてよかったと思う時があるだろう」
フロ「そうかもしれないけど、それはあなたの口からは言われたくはなかったわ。帰ります。もう二度と、ふたりで会うことはないと思います。思い出は、大切にもっていたいけど、忘れることにします」
ロラン「うん」
フロ「でも、まだ信じられない。嘘みたい。あのお兄さまから、こんなふうに扱われる日がくるなんて」
〇ディミトリン王国の宮殿
NA: 宮殿に着くと、フロリアーナはスカートをなびかせながらつかつかと歩いて、第二王子の執務室までやってきた。
宮殿では誰もが彼女のことを知っているから、予約なしではいってきても、止める者はいない。
フロリアーナが大きな扉を押して部屋にはいってきた時、ロランス王子は机に向かって、秘書やふたりの部下と打ち合わせをしていた。
ロランス王子が顔を上げて驚き、署名しようとしていた手を止めた。
ロラン「フロリアーナ」
フロ「(小声で)いつもリアーナと呼んでくれていたのに」
NA:
フロリアーナは片足を斜め後ろに引き、きれいなカーテシーをした。妃になった時のために、子供の頃から練習している挨拶なので慣れている。昔はデブでちびだったが、17歳になった今はすっきりとした体形で、美しく愛嬌のある顔をしている。
フロ「ロランス、いいえ、ロランス王子、ぜひお話ししたいことがありますから、ふたりにしてください」
NA:
ロランス王子は3人に部屋から出るように言い、わざわざ歩いて行って彼らが立ち去ったのを自分の目で確かめてから、大きなドアをかちりと締めた。
ロラン「フロリアーナ、久しぶりだね」
フロ「ロランス王子、驚かれましたか」
ロラン「ああ、驚いたよ」
フロ「予約をいれずにごめんなさい。だって、予約をいれたら、逃げてしまわれたじゃないですか。もう3回も、ドタキャンされました」
ロラン「急に用事ができたんだ。ごめん」
フロ「わたし達は幼なじみ、以前は予約なんか、いらなかったのに」
ロラン「前と今とは違うから。ぼく達は、もう子供ではない。ぼくはこうやって働いている」
フロ「だから、ちゃんと面会の予約を取ったじゃないですか。それをキャンセルするなんて」
ロラン「すまない。ではどのようにして謝れば、ご機嫌を直してくれますか」
フロ「こちらも、プリンセス・ラファエラとの婚約式に参加できませんでしたから、そのことはあやまります」
ロラン「リアーナは体調がよくなかったのだろう。もういいのかい」
フロ「体調がよくなかったわけではないです。気分は決してよくなかったですけれど、病気ではないの。行けなかったわけは、ご存知ですよね」
NA:
王子はそのことには答えず、窓から外を見て、頭を掻いた。
フロリアーナが笑った気がして、王子は振り向いたが、彼女は笑ってはおらず、悲しい顔をしていた。
ロラン「まさか、フロリアーナと今日会えるなんて思っていなかったよ。明日は、ジャン・バスチャン王子との婚約式なのだろう」
フロ「よくご存知ね。わたし、婚約するかどうかなんて、わかりません。明日はお会いするだけです」
ロラン「王子はとてもいい人間だから、きっと幸せになるだろう」
フロ「わたしが幸せになれるなんて、どうしてわかるのですか」
ロラン「ジャン・バスチャン王子は学校の先輩で、いつも成績が一番で、運動もよくできた。クラスメートから信頼されていたよ」
フロ「成績が一番で、みんなから信頼されている人なら、わたしが好きになるとお思いですか」
ロラン「どちらにしても、途中で、学校を飛び出してしまったぼくなんかとは大違いだ」
フロ「わたしは逃げてくるような人が好きだと言ったら」
ロラン「そんな人間がいるだろうか」
フロ「わたし、とかげをこわがったり、暗いところで怯えたりする人のほうが好きなんです」
ロラン「奇特な人だね」
フロ「王子はご存知ですよね。わたしが、風変りだということを。変わっているって、いつも喜んでくれたじゃないですか。そこを好きでいてくださったのではないですか」
ロラン「……そうだったかな」
フロ「わたし達は子供の時からの付き合いですもの、長い時間の積み重ねがありますよね。思い出がありますよね。思ったり、思われたりして、過ごした時間。それは何の意味もないことですか」
ロラン「なにもないとは言ってはいない。しかし、ぼくはもう子供の時のぼくではないんだ」
フロ「きっと、わたしのことが嫌いになったから、何もかもいやに見えてしまうのですね」
ロラン「そういうことではない」
フロ「じゃ、なんですか。プリンセス・ラファエラのどこがお好きなんですか。あの方にあって、わたしにないものはなんですか。プリンセスという称号ですか」
ロラン「いいや。ぼくとラファエラは次男に次女、跡継ぎではないし、ふたつの国を合わせても、ジャン・バスチャンの国の半分にもならない。フロリアーナ、きみは大国の王妃になるのだよ」
フロ「聞いているのは、そんなことではありません。わたしのどこがいけないのですか」
ロラン「ラファエラは……」
フロ「プリンセス・ラファエラは?」
ロラン「……そういう質問はしない」
フロ「わたしが面倒くさいということですか」
ロラン「そういうことになるのかな」
フロ「前は、わたしのそういう簡単にはいかないところが好きだと言ったことがありましたよね」
ロラン「あったかな」
フロ「ありました。人生は謎を解くゲームのようなものだから、難しいほどやる気がでると」
ロラン「そんなことを言ったかな。若い時の話だ」
フロ「ロランス王子はまだ20歳、まだ若いじゃないですか」
ロラン「でも、もうすっかり疲れてしまった気がするんだ。ここからは、できるだけ、穏やかに、生きていきたい」
フロ「わたしと一緒なら、おだやかには生きられないのですか」
ロラン「リアーナは活発だから、たぶん……、だめだろうな」
フロ「わたし達、小さな頃から、いつも一緒に仲良く暮らしていましたよね。楽しい時ばかりではなかったけれど、協力してがんばったりして、一生懸命に生きていましたよね。たくさん笑いましたよね」
ロラン「そんなこともあったな」
フロ「わたしは、あれがずうっと続くと思っていました」
ロラン「人生は、思ったようにはいかないものだ。誰でも、そうだろう」
フロ「でも、ロランス王子が諦めなかったら、ずうっと続いていたのですよ。わたしはその気でしたから。でも、プリンセス・ラファエラに会って、気持ちが変わってしまったのですか。よっぽどすてきな人なのでしょうね」
ロラン「そうでもない。普通のプレリンセスだよ」
フロ「普通のプレンセスって、どういう意味ですか。特別なプリンセスだって言ってください。わたしを捨てて、選ぶくらいの人なのですから」
ロラン「フロリアーナ、きみを捨てたわけじゃない」
フロ「捨てたんじゃなかったら、じゃ、これはなんですか」
ロラン「ぼくはきみの幸せを願っているんだ」
フロ「やめてください。そんなこと、言わないで。この場になって、そんなことを言うのは卑怯よ。一番聞きたくない言葉です。わたしの幸せを願っているのなら、わたしを妻にしてください」
ロラン「それはできない」
フロ「王子、あなたはわたしの幸せを本当に願っているのですか」
ロラン「それは本当だ」
フロ「でも、わたしとは結婚はできないということですよね」
ロラン「できない。もう発表してしまったし、きみは明日、ジャン・バスチャンら会うのだから」
フロ「わたし、明日、ジャン・バスチャン王子と会うのをやめることができます。それで、どんなに咎められたとしても、平気です。謝り続けます。ロランス王子にはできますか」
ロラン「……できない」
フロ「勇気を出してみてください。わたしのことが好きですか」
ロラン「好きだけれど、できない。この立場では、できないこともあるのだよ」
フロ「そんなことはないです。やってみて。わたしのために、やってみて」
ロラン「……できない」
フロ「……わかりました」
NA:
フロリアーナは大きく息を吸って、涙がいりまじった息を震えながら吐き出した。
フロ「わたし、恋をしたのも、好きだと言われたのも、失恋したのもはじめてですから、すごくショックで、今、何を言っているのかわからないのです。わたし、あなたのことがものすごく好きで、世の中で一番信用していて、ふたりで生きていくことしか考えていなかったのです。でも、こんなにはっきりと、どうしても一緒に生きていけないと言われたら、諦めるしかないですよね」
ロラン「すまない。きっとその先で、別れてよかったと思う時があるだろう」
フロ「そうかもしれないけど、それはあなたの口からは言われたくはなかったわ。帰ります。もう二度と、ふたりで会うことはないと思います。思い出は、大切にもっていたいけど、忘れることにします」
ロラン「うん」
フロ「でも、まだ信じられない。嘘みたい。あのお兄さまから、こんなふうに扱われる日がくるなんて」
