「もしこのシュートが決まったら、俺と付き合って」

え…

つ、付き合って⁉︎







突然の告白から遡ること、1ヶ月前。


「もしこのペットボトルが入ったら、今日俺と帰るの決定な」

「えっ?」

放課後に、日直の仕事で黒板を消していた私、松野美沙。

突然、後ろから聞こえた言葉に思わず振り返った。

見ると、クラスメイトで仲の良い南浩太が教室の後ろにあるゴミ箱に向かって、ペットボトルを投げようと構えている。

え、急になに?

動揺してると、投げられたペットボトルは綺麗にゴミ箱の中に入っていった。

「入った!ね、見た?すごくね!」

「すごいけど…」

興奮してキラキラの目で見てくるけど、私は南くんがさっき言った言葉が気になってしょうがない。

「ねぇ、今」

「うん、入ったから今日一緒に帰ろ」

「待って、私オッケーしてないよ」

「でも入ったよ」

「いやだから…」

え、なに、なんで?

「嫌なら無理にとは言わないけど」

そう言うから、慌てて「別に嫌ってわけじゃ、」と返すと、

「じゃあ決まりな」

南くんはにっこり笑った。


「……じゃあ、南くんも黒板綺麗にするの手伝って」

「任せろ!」

南くんは黒板の前まで来ると、「超特急で終わらせちゃおうぜ」と猛スピードで黒板を消し始めた。



高2になり同じクラスになった私と南くんは、席が前後で、気が合ってすぐに仲良くなった。

それから早3ヶ月。


南くんのことは、正直、気になってる。

というか…好き。

でも、南くんは私のことどう思ってるのかわからない。

学校ではよく話すけど、それだけだから。

ただ友達として仲良いのか、それともそれ以上の気持ちを持ってくれてるのか。



そんな矢先、一緒に帰ろうって誘われた。

いや誘われたわけじゃないか。
もしペットボトルが入ったら、って。

入らなかったら一緒に帰るのはなかった?

ゲーム感覚で言っただけ、なのかなぁ…





なんて、南くんの本意が分からないまま、数日が経ち。

「はい、じゃあ今日はミニテストやるぞ〜」

「えー!」

英語の授業で急に言い出した先生に、クラス中からブーイング。

そんなのお構いなしに、先生はテスト用紙を配り始める。

前の席から回ってきた紙を、後ろの席の南くんに、はいと差し出した。

でも南くんは全然受け取ってくれない。

「南くん?」

問いかけると、パッとこっちを見て。

「もしこのテストで俺のが点数高かったら、今度の土曜、俺とデートね」



「……え⁉︎」

思わず大きな声が出てしまって、先生に「松野、どうした?」と聞かれてしまった。

「あ、いえ、なんでもないです」

「そうか。みんな後ろまで回ったら、始めるぞ〜」

恥ずかしい。

後ろから、くすくすと笑い声がして、「もう南くん!」と小さく怒る。

「前向かないと、テスト始まるよ」

「…もう!」

しょうがなく前を向いて、テストを解き始めた。


……けど全然集中できない。

心臓がバクバクしてる。

南くん…デートって言った?言ったよね?
もし俺のが点数高かったらデート、って。

また、もしも…だけど。

ゲーム感覚、じゃないよね?

デートだよ?さすがに違うよね?

いやでも…





「やった!勝ったぁ〜」

「うそ…信じらんない…」

目を擦って見直しても、変わらない点数。

南くんに、負けた。

「南くんが直前にあんなこと言うから、」

ぜんっぜん、集中できなかった!


「ちゃんと覚えてる?」

「覚えてるも何も…」

南くんが勝ったから…デート?

ドキドキが加速し出したら、「じゃあ決まりね」という声が聞こえて顔を上げる。

「え、待って」

「ん?」

「え…あの、ほんとに?」

「うん、土曜日ね」

ほんとに、デートするの?

デートって、デートだよ?

「もしかして空いてない?」

「あ、いや…空いてるけど…」

「よかった!じゃあよろしくね」

「…うん」


嬉しいよ、南くんとデートできるの。

でも…なんでだろう。

素直に受け取れない。


南くんは、私とデートしたいのかな。

デートしようとか、デートしたいって、言われたわけじゃないから…


「松野、怒ってる?」

パッと見ると、私の様子を伺う南くんと目が合った。

「え、怒ってないよ」

「そ」

「なんで?」

「いや…さすがに嫌だったかなぁって思って」

さっきまでと違って、ちょっと自信なさげな南くん。

珍しい。
あんまり見たことない南くん。

私は戸惑いながらも、「怒ってないし嫌じゃないよ」と言った。

「土曜日、楽しみにしてる」

そう言うと、南くんの顔がみるみる嬉しそうな顔に変わった。

あ…南くんも嬉しいんだ。

わかりやすい変化にキュンとする。

すると南くんが、「にしても、この点数はやばいでしょ」って。

「っ、だから、これは南くんのせいだから!ほんとはもっとできたの」

「どうかなぁ〜」

「もう!やっぱり怒ってる!」

わざとらしく頬を膨らましてみせる。

それでも南くんは嬉しそうな顔のまま、

「土曜日どこ行きたいか考えといて」と私の肩を叩いた。




デート楽しかったなぁ。

また南くんとどこか行きたいなぁ。

なんて、ここんとこ毎日考えてる。


あんなに長い時間、南くんと2人きりで過ごしたのが初めてだったから。

今まで以上に、ギュッと距離が縮まった気がした。



「松野、もう帰る?」

放課後、帰る支度をしていたら、南くんが声をかけてきた。

「うん、帰るよ」

「じゃあちょっと一緒に来てくんない?」

「え、どこに?」

「んーまぁ、それはあとで」

私の質問にちゃんと答えず、誤魔化した南くん。

え、なんだろう。

不思議に思いながら鞄を肩に掛けて、南くんと教室を出た。


すると、下駄箱に行くのかと思いきや、向かった先は、まさかの体育館。

いつもは部活をする人で賑わってるけど、部活が休みの今日は誰もいなくて閑散としてる。


「誰もいないとなんかいつもより広く感じるね」

入口で体育館の中を見渡しながら、私がそう言うと、南くんは黙ったまま中に入って歩いていった。


「南くん、何するの?」

よく分からないけど、とりあえずついていく。

すると、南くんは壁際に置いてあったカゴから、バスケットボールを一つ取った。

え…バスケするの?


訳がわからないまま南くんの行動を眺めてると、南くんはバスケゴールの前に立った。



「もしこのシュートが決まったら、俺と付き合って」



「…え?」

私は耳を疑った。


パッと顔を見ると、真剣な顔でゴールを見つめてる南くん。

あまりに真剣で声が出ない。

じっと見つめていると、南くんの手からボールが離れて、

次の瞬間、シュッ、と音を立ててボールはゴールネットを通り抜けた。

「決まった…!」

南くんが小さく叫んだ。

「松野」

「…えっと、」

「俺と付き合って」

「っ、」

どうしよう。

嬉しいけど、急で気持ちが追いつかない。

この前、初めてデートしたばかりだし。

それに…

また、もし、って。



「松野…?」

南くんが様子を伺うように私を呼ぶ。


「…わかんない」

「え?」

「わかんない、南くんの気持ちが。
一緒に帰る時も、デートの時も…それに今も。もしできたらって。
気持ち、はっきり言ってくれないから…だから、嬉しいけどなんか…よくわかんないよ」


思わず溢れてしまった私の本音。



シーンとする体育館。

どうしよう…

私、何言って…

告白してくれたのに。

数秒前の自分を後悔しかけた時。



「ごめん」


ぼつりと謝る声が聞こえて顔を上げた。




「俺、自分に自信なくて、なかなか行動に移せなくて。これができたら、って理由つけるのが精一杯で…。

だから、ふざけて言ってるわけじゃなくて、いつも本気だった。でも、せめて告白くらいちゃんと言わなきゃダメだよな。ごめん」


「南くん…」


「松野のことが好き。だから、俺と付き合ってください」


はっきりと聞こえた“好き”の言葉。

南くんの気持ちが、じんわり私の心を包みこむ。


「…ありがとう。私も南くんが好きです。よろしくお願いします」

ペコリと頭を下げると、南くんの顔がふわっと和らいだ。


「はぁ〜よかったぁ」

安心したように笑いながら近づいてくる南くん。

「ダメかと思ってちょっと焦った」

「ごめん」

「ううん、おかげでちゃんと気持ち言えたから」

「うん…でも私も自信なくて気持ち言えてなかったのに、」

「松野」

名前を呼ばれて顔を上げる。

「松野の気持ち、ちゃんと俺に届いてるよ」

「南くん…」

優しく笑う南くんに、キュンと胸が高鳴る。


「じゃあ、帰ろっか」

「うん」

歩き出した南くんの隣に並ぶ。

「ねぇ南くん」

「ん?」

今度は私がちゃんと言う番。


「手繋ぎたい」


南くんの目が大きく開いて、すぐにくしゃっと細くなる。

「ずるいな、松野は」


え?と聞こうとした私の手を南くんの大きな手がそっと包み込んだ。

「行こ」


そうして初めて繋いだ手は、温かくて優しくて、少し照れくさかった。