「あなたが朝井さん?」


 あたしが着くと、3年生女子の先輩3人がこっちをにらんできた。
 明らかにあたしを敵視した目で。


「そうですが、何の用でしょうか」
「あなた、どうして翔くんとあんなに仲良くしてるの?」
「翔くんとどういう関係なの?」
「なんであんなに気に入られてるの?」


 やっぱり、攻撃的な物言い。
 きっとあたしが翔先輩と一緒にいるのが気に入らないんだ。


 そりゃあそうだよね。
 憧れの組長である翔先輩の隣にいるのが、ぽっと出の新入生なのだ。不審に思う人、裏に何かあるんじゃないかと疑う人がいても仕方ない。



「だから気に入られてるわけじゃないんですって。あたしが不良に絡まれてたのを助けてくれて」


 翔先輩の付き人になるという条件で、不良に狙われているあたしを守ってくれている。
 もう何度言ったかわからないうその設定をあたしは話すけど、それでも女子先輩たちの不満は収まらないらしい。


「知ってるわよ。でもあなたが翔くんに気に入られてるのは事実でしょ」
「どうしてなのかしら。あなた、すごい美人ってわけでもないわよね」


「あたしが知りたいですよ。なんであたしなんかを守ってくれるのか」
 本当は守っているのはあたしの方だけども。


「それに毎日ジュース買ってこいだの、購買のパン買ってこいだの、大変なんですよ。それもあたしのお金で」
 本当は放課後の特訓中に代金をしっかり翔先輩からもらってるのだけども。


 とにかくあたしだって好きで翔先輩と一緒にいるわけじゃない、とアピールしたかったのだが、これも効果はなさそうだ。
「あらあなた、翔くんのためにしてあげてることが嫌なの?」
「贅沢言わないでよ。というか、それなら私たちと変わってよ!」
「あなた、翔くんを独り占めしている自覚無いの?」


 女子先輩たちの声が大きくなり、あたしの方に寄ってくる。


 彼女らはあたしより少し背が高いけど、正直、こんなの全然怖くない。
 特訓終わりの疲れ果てた顔でも、翔先輩の目の方がまだ視線を強く感じる。



 とはいえ、ここで反発しても意味がない。あたしは一歩後ずさり。


「翔くんはね、『紅桜』の組長なのよ。私たちみんなを守ってくれる存在なの」
「そう。だからそんな翔くんが特別扱いなんておかしい」
「もしかしてあなた、翔くんを何か騙してるんじゃないの?」


 そんなわけがない。
 むしろ翔先輩とは、互いに秘密を共有し合った関係だというのに。


「違いますよ。翔先輩を騙して何の得があるんですか」
「あるじゃない! 現にあなたは翔くんと一緒にいる!」
「そうよ、きっと翔くんは言いくるめられてるのよ」
「総長をどうにかするなんて、あなた学校中を敵に回すつもり?」


 あたしの背中が壁につき、三方を女子先輩たちに囲まれる。


 これはもう、いくらあたしが話をしても通じない。
 彼女らは完全に、翔先輩があたしに騙されていると思い込んでいる。その誤解は解けそうにない。



 諦めて、ここから逃げようか?
 でもそのためには、あたしを取り囲む彼女らを強引にどける必要がある。


 もちろんできるけども、手を上げてもし彼女らにケガをさせてしまったら、大事だ。
 かわいい女子になるというあたしの目標も大きく遠のくし、あたし自身の印象もさらに悪くなる。



 ――それにあたしは今、怒っている。
 翔先輩は、あたしなんかに騙されるような人間じゃない。
 総長の座を守ることに対しての覚悟を決めた翔先輩が、そんな良いようにされるはずがない。


 彼女らには、翔先輩の覚悟が見えていないのだ。


 そんな彼女らに対し、あたしは上手く手加減できる気がしない。



「あら、急に黙ってどうしたの」
「やっぱりあなた、何かしたことを認めるのね」
「白状しなさい!」
 あたしが言い返すのをやめると、チャンスとばかりに彼女らは言葉を強めてくる。


 そして彼女らの1人が伸ばした右手が、あたしの腕に触れた。




 ――あたしの中のスイッチが、入ったと思った。



「鈴菜に何してるんだ!」



 その声に、女子先輩を突き飛ばそうとしたあたしの腕が止まる。
 そして女子先輩たちもあたしから目を離し、声のした方向……階段の下に視線を向ける。


「ねえ君たち。鈴菜に何かしようとしてたよね?」


 優しくも、力強い声。


 翔先輩が、あたしや女子先輩たちを見上げるように立っていた。


「あっ、翔くん……」
「違うの。この子が、何か翔くんに対して悪いことをしようとしてるんじゃないかって」
「ほら、急に翔くんと一緒に行動し始めたでしょ? だから」


 翔先輩を前にして、女子先輩たちの態度があからさまに変わる。バツの悪そうな顔。


「そんなことは絶対にない。鈴菜から離れて」
 そう言うと、翔先輩は階段を上がり始める。
 まっすぐあたしたちに向けられた目。


 すごい、迫力だ。
 誰が見ても、怒ってることがわかる顔。



 翔先輩が階段を上がってくるにつれて、自然と女子先輩たちがあたしから離れていく。
 そして同時に、あたしのドキドキも強くなる。


 翔先輩は、あたしを守ろうとしているんだ。
 あたしが校内では下手に力を出せないのをわかっていて。
 自分の総長としての威厳だけで、女子先輩たちを追い払おうとしている。


 翔先輩じゃ、この女子先輩たち相手でも多分ケンカになったら勝てないのに。



 あたしのために、どうしてそこまで……?



「鈴菜、大丈夫だったかい?」


 階段を上がりきって、翔先輩が右手を後ろからあたしの肩に回す。



 ――その手が、わずかに震えている。



「君たち。オレに言いたいことがあるなら別に構わない。でも、言うなら正々堂々言ってほしい。それと、鈴菜のことを悪く言うのは絶対にダメだ」


 口調は優しい。けど、鋭い声が、厳しい顔が、翔先輩の言葉に有無を言わさない迫力を生み出す。


「鈴菜は頑張ってるんだ。その苦労は、オレなんかじゃ想像もつかないぐらいに大きい。その事実を知らずに、想像だけで判断するやつは、オレは嫌いだ」



 想像だけで判断するやつ。
 それはまさに、翔先輩を強い総長だと思ってる人たちのことなんじゃないか。
 誰も実際に、翔先輩が力を振るうところを見たことがない。
 けど、伝え聞いたうわさと、普段の翔先輩の姿を見て、そこから翔先輩はケンカが強いと想像してしまう。



 翔先輩は、その想像だけで判断するやつらとずっと戦っているんだ。



 ――翔先輩はやっぱり、強い。



「行くぞ鈴菜」
 翔先輩に手を引かれ、あたしは階段を降りる。

 その後ろ姿に、一瞬だけすごく頼りがいを感じた。
 翔先輩が総長であることを、初めて実感したような気がした。