「ねえねえ、どうしたの鈴菜ちゃん? 翔先輩と一緒に登校して!」
 あたしが教室に入った途端、クラスの女子たちがわっとあたしを囲む。
 その先頭にいる響子ちゃんが、興奮しながら聞いてきた。


「えっと……実は帰り道、不良高校生に襲われちゃって、そこを翔先輩に助けてもらって」
 あたしはあらかじめ、翔先輩と決めておいたうその設定を話す。
「で、なんでか知らないけど、あたしその不良たちから目をつけられちゃってて……それで翔先輩が、『オレの使いっ走りをやるなら、これからも守ってやらんでもない』って言ってくれて」
「きゃー翔先輩かっこいい!」
「鈴菜ちゃん良いなあ、翔先輩の近くにいられて」


 良い、のか? 使いっ走り、だよ?



 だけど、翔先輩の外見にはそれだけの魅力がある、というのも納得できる。
 登校するときも、女子生徒からの黄色い声を浴びながらだったし。
 中にはあたしに向けて明らかに嫉妬の視線を向ける人もいた。


 これから毎日それが続く、となるとちょっと肩身が狭い。
 でも、当の翔先輩はそういうの全く気にしてないようだ。


『昼休みになったら校舎裏に来てよ。すばるに朝井さんを会わせたいんだ』


 あたしの心配をよそに、スマホにはそんなメッセージが来ていた。




 で、周りの生徒からの興味の視線に耐えながら、なんとか昼休み。

 
 1日中、日陰になっている校舎裏は休み時間でも人がいない。
 あたしが行ってみると、そこには翔先輩と星川先輩しかいなかった。


「お前が朝井 鈴菜か」
 星川先輩がぶっきらぼうな声を出す。

 
「は、はい。翔先輩の付き人、使いっ走りになりました朝井 鈴菜です。よろしくお願いします」
 頭を下げるあたしを、じっと見つめる星川先輩。


 翔先輩とは全く違うタイプの、渋い顔。あまり大きくない背丈とのギャップが、なんだかおかしい。


「というわけだ。すばる、これからこいつはオレの付き人だ。そこのところ、よろしく頼むよ」
「おい、そしたらオレの立場はどうなんだよ。副長は総長と一緒にいるもんだろう」


 星川先輩は、あたしを上から下まで見回す。
 そしてあたしに向ける視線は、まるで獲物の様子をうかがう肉食動物のよう。


「それとこれとは話が別だって。というより、3人で一緒にいてもいいじゃないか」
「まあそうだけどさ……」


 ああ、でもそうだよな。
 星川先輩からしたら、自分がついていくべき総長の周りを、突然見知らぬ女子がうろつき始めたのだから。
 気分は良くないはずだ。



「朝井さん。こいつが副長の星川 すばる。ちょっとキツい物言いもするけど、良いやつだから。それに強い」
「朝井。翔に何かあったら、オレは真っ先にお前を疑うぞ。……ったく、わがままなのは修と変わんねえな、翔」
「大丈夫だから。朝井さんは信じていい」


 少し慌てながら、翔先輩が星川先輩をなだめる。


 星川先輩は『紅桜』に入って同学年の修先輩と知り合い、意気投合。そして腕っぷしの強さを見込まれ、副長に指名されたという。
 星川先輩も他の先輩同様、翔先輩はケンカが強いと思い込んでる。


 普段から翔先輩を最も近くで見ているのがこの星川先輩だ。
 翔先輩の秘密、あたしの秘密が最もバレるかもしれない相手。


 自然と警戒して見てしまう。



「まあ……翔がそこまで言うなら」
 そのとき、星川先輩と目が合った。


 タイプは違えど、こちらもなかなかイケメンの顔だ。
 見つめられて、つい気持ちがたじろぐ。


 いや、負けるなあたし。
 ここで引いたら、星川先輩に疑われるかもしれない。


 かわいい女子としては少し怖がるぐらいのことはすべきなんだろうけど、ここでそんなことをしたら、星川先輩からの信用を得られない気がした。



「2人とも仲良くしようよ。すばるは副長として、朝井さんは付き人として、どっちも大事にしてるからさ」
「お、おい、やめろって翔」
 その時、翔先輩が星川先輩の頭をなでる。


 星川先輩は言葉では嫌がってるけども、顔は何だか楽しそうだ。



 ……翔先輩の真実を星川先輩が知ったら、この関係もうまくいかなくなるのだろうか?



「さあ、行こう。すばるのクラス、次教室移動でしょ」
「わかったわかった」


 翔先輩が歩き出し、その後ろをあたし、さらに星川先輩が慌てて後ろをついていく。


 
 と、校庭に出たところのわずかな段差で、翔先輩がつまずいた。


「危ない!」
 とっさにあたしは翔先輩の身体を支えようと、翔先輩の前に回り込む。


 いや、だめだ。間に合わない。
 せめて壁に向かって倒れ込むように……




 ドン


「ありがとう、鈴菜」


 その言葉に、思考がフリーズした。


 あたしの後ろには校舎の壁。目の前には翔先輩のとびきりの笑顔。
 翔先輩の右腕が、あたしの頭上を越えて校舎に手のひらを付けている。




 ――ええっ!?


 あたし、翔先輩に壁ドンされてた?
 しかも、今、あたしのこと鈴菜って……


「どうだ鈴菜。危なくなかったか?」
「いやいや、大丈夫です! あたしも翔先輩も!」


 興奮で頭が混乱しそうになるのを必死に抑えて、あたしは翔先輩の壁ドンから抜け出す。

 
 壁ドンの方はまあ、たまたまそういう体勢になったと言えなくはない。翔先輩が転ばないように身体を滑り込ませたのは事実だし。
 でも、そうだとしてもあの笑顔!

 
 それで急な名前呼びは……ちょっとずるくない?



「おい、どうしたんだよ翔。何だお前、朝井のこと気にしてるのか?」
「いやあ、別に? 付き人、使いっ走りとはいえ、女子には優しくしないとさ」
「その割には、ちょっと顔赤いぞ。ってか、人が見てる前で何やってんだ」


 星川先輩の言うとおりだ。
 校庭に出てきた翔先輩は、その美形で自然と周囲の女子の視線を集める。
 その中で堂々と、翔先輩はあんな言動を……



「あ、あたしも次教室移動なんで、お先に失礼します!」


 いても経ってもいられず、あたしは駆け出した。



 翔先輩、かっこいい、かっこいいんだけど……


 あたしをこれ以上悪目立ちさせるのは、やめて!