残った2人の不良は、星川先輩がきっちり倒してくれていた。
 やはり副長に指名されただけのことはあって、ケンカが強いのは本当のようだ。



「いいか、今度紅陽の生徒に手出したら、どうなるかわかってんだろうな」


 そう釘を刺した星川先輩に続いて、あたしと翔先輩も外に出る。


 大きな通りまで戻ると、すでに日は傾き、ビルのすき間から夕日があたしたちの顔を照らす。



「じゃあ、オレはそろそろ。制服も洗濯しなきゃだし」
「あっ、あたしも……」
「おい。その前に、ちゃんと説明しろよ」


 背を向けた翔先輩とあたしの制服を、星川先輩が後ろからつかむ。
 やっぱり、今話さないとダメか。




「――なるほどねえ。それで、朝井が翔のボディーガードってことか」


 近くのファミレスに入って、あたしと翔先輩はすべてを星川先輩に打ち明けた。
 さっきの不良に以前やられていた翔先輩を、通りがかったあたしが助けたこと。
 その場で翔先輩から話を持ちかけられ、あたしがボディーガードになったこと。
 放課後や休日には、あたしが翔先輩を特訓していること。



「改めて、すみませんでした」
 あたしは頭を下げるが、星川先輩はあまり怒ってるように見えない。


 すると、あたしの隣の、まだ制服が汚れている翔先輩が話しかけた。
「もしかしてすばる、本当はわかってた?」



 え。


 翔先輩は冗談で言ってる感じじゃない。
 あたしは星川先輩に目を向ける。



「まあ、朝井が普通じゃないな、とは思ってたけど。ってか、元々今日はそのへんを朝井に聞きたくて誘ったんだ」


 星川先輩はあっさりと言った。
「翔が見込んだやつとはいえ、普通の新入生女子がオレに、怖がらずにらみ返してくるわけないからな。オレが副長だってわかってるなら、なおさらだ」


 そんな。
 引いたら疑われると思って、つい好戦的になったのがよくなかったのか。


「それに翔の方も、強かったとしてもようやく教室に来られるようになったばかりなんだ。修から、お前の入院話は聞かされてたからな。オレ以外にも頼れるやつをそばに置いとこう、ってなっても不思議じゃない」


 その言葉に、翔先輩が縮こまってしまった。
 目の前の水にも手を付けず、総長としての威厳っぽいのも今は無い。



「ごめん、すばる。でも、オレは」
「わかってるよ。オレだって、やられてる時にさっそうと女子が現れて助けてくれたら、ちょっと良いなって思っちまうだろうし」


 星川先輩はアイスコーヒーを一口飲んで、少し息を吐く。
 そういうものなのかな。


 修先輩は昔、その状況であたしを怖いと言ったけども。


 もし、昔あたしが守ったのが修先輩じゃなくて、翔先輩や星川先輩だったなら。
 怖いなんて言われなくて、あたしが普通の女子になろうなんて思うこともなかったのだろうか。



「だから、自覚しろよ朝井」
 星川先輩は、またあたしに真面目な顔を向ける。


「翔は、お前のことをかっこいいと思っている。カッコつけとかじゃなく、本気でな」


 うん。きっと翔先輩は、本気だ。
 あたしのほほには、まだキスの感触が残っている。



 そしてあたしは、自分の恋心も自覚できた。


 響子ちゃんたちの言う通りだった。
 あたしは翔先輩と、もっと一緒にいたい。
 そして、翔先輩にもっと強く、かっこよくなってほしい。



 だけど、これからは今まで通り翔先輩に接することはできないだろう。
 だって。



「わかりました。ですが、もう翔先輩とは」
「ん? どうした朝井、急に元気なくして」


 えっ。


「それに翔もだぞ。ってか、バレてそんなに落ち込むぐらいなら、最初から変にごまかそうとかするんじゃねえよ」


 ううっ、星川先輩、ド正論。


「それは……でも、オレは修が帰ってくるまで、代わりをやらなきゃいけなくて」
「さっき聞いたよそれ。――なんだ、もしかしてお前ら、オレがこのことを『紅桜』の皆や先輩方に話すと思ってんのか?」


 !?


 あたしが顔を上げると、星川先輩がニヤついている。
 普段の見た目からくる無骨なイメージは、もう全く無い。



「すばる?」
「あのなあ、ただでさえ代が変わって色々とあるのに、新しい総長は全然強くない、やられたらやられっぱなしなんて話が出たらどうなる? 大騒ぎってもんじゃねえし、『紅桜』の信頼そのものに関わる。先輩方にだって心配をかけまくる」
「でも、オレだってすばるに迷惑をかけるわけには」
「まあ実際迷ったよ。けどさ、こんなこと言われたら裏切れねえよ」


 星川先輩は自らのスマホをあたしと翔先輩に見せる。



 ……これ、修先輩とのメッセージ欄だ。


『ああ、やっぱりすばるにはバレちゃったか。ごめんな、迷惑かけちゃって。元はといえばオレが事故にあったせいなんだ、怒るならオレを怒ってくれ。それに翔は、オレの代わりを一生懸命やろうとしてくれてる』


「修は悪くないよ……」
 翔先輩がつぶやく。
 けど、きっと修先輩は本当にそう思ってるんだろう。


 だって、翔先輩が特訓していることをあれだけ心配してたんだし。



『だからすばる、頼む。翔とすずちゃんを、できれば見守ってほしい。すばるもわかるだろ?』


 見守る、か。


「お前、修からはすずちゃん呼びされてんのか。あいつが人をあだ名呼びするの初めて聞いたぞ」
 星川先輩はまた少し笑う。


 でもこの感じだと、あたしと修先輩が昔会ってたのは知らないみたいだ。きっと翔先輩も、このことは聞いてないだろう。



 あたしが初めて好きだと思った修先輩。
 その修先輩から、翔先輩を頼むと言われて。



 ……もしかして、修先輩は、あたしが翔先輩を好きなことを……



「とにかく、修からこんな風に言われちゃ、オレも今さら2人の関係を壊すわけにはいかないし。それに、朝井が出しゃばるのは不自然だけど、オレが翔の代わりにケンカとかするのは別に不思議でもなんでもないだろ。まあ、なんとかなるさ」


 アイスコーヒーを飲み干して、星川先輩が翔先輩とあたしを交互に見る。



「朝井、頼むぜ。翔の特訓は、お前頼みだ」


 星川先輩は最後にぎこちなくウインクすると、店員を呼んで勝手に注文を始めてしまった。


 それを見ながら、翔先輩がぽつり。


「すばる、ありがとう」


 そして、あたしの方に向き直って。




「鈴菜、これからもよろしく」


 とびっきりの笑顔で、翔先輩は言った。


 あたしはこれからも、この笑顔を守るんだ。
 そして、翔先輩が望む限り、目標であり続ける。



 だから。




 ***




「あれ! 鈴菜ちゃん、髪どうしたの?」
 連休明けの学校。
 いつものように翔先輩と登校してきたあたしは、教室に入ると響子ちゃんたちに聞かれる。


「うん、こっちの方がやっぱり楽かなって。あたし、元々は髪短かったし」


 あたしはショートカットにした髪をなでながら答える。


 中学デビューのために伸ばした髪は、やっぱり動きづらかった。



 それに、女の子らしさは薄れるかもだけど、短髪のほうがかっこいい、気がする。



「鈴菜、髪型変えたのか。――こっちのほうが、強そうだなあ」


 朝に翔先輩に言われたことを頭の中で繰り返しながら、あたしは心晴れやかに席についた。