その時、ギイと音を立ててドアが開いた。
 そこから、男たちが5人、部屋に入ってくる。


 学ラン姿。金属バットや竹刀を持った男もいる。
 思わず、あたしは身構える。



「お前、こないだは女のくせによくもやってくれたな」


 男の1人から声が飛んだ。
 こないだ……?


「何だよ。忘れたとは言わせねえぞ」


 その隣の男が、金属バットをカラカラと引きずりながらこちらをにらみつける。



 ――あっ、思い出した。


 こいつら、あのとき翔先輩に暴行してた不良高校生だ。



 ということは、あの3人が、仲間を加えてあたしへリベンジしに来た、のか。


「……ど、どういうことですか」


 思わず『てめえ!』と叫びそうになり踏みとどまる。
 隣には星川先輩がいるのだ。ここで昔のあたしを出すわけにはいかない。



 というか、あたしがこの不良たちを一度倒してるなんて、星川先輩に絶対知られるわけにはいかない。
 あたしが作ってきた普通の女子のイメージが、いっぺんに崩れる。



「どういうことも何もねえよ。あのときの落とし前だ」
「なんだ朝井、こいつらと知り合いなのか?」


 不良の返事と、星川先輩の問いかけが重なる。



 なんて答えれば良いんだ。
 あたしが黙っていても、不良たちの方が何か話せば絶対に疑われる。
 仮にこの場は助かったとしても、後で必ず星川先輩から問い詰められる。


 それに、万が一あの場に翔先輩もいたことがバレたら。
 やられている翔先輩をあたしが助けた、という本当のことが感づかれたら。


 もう、あたし1人の問題じゃない。


 翔先輩に被害が及ぶことは、絶対に避けなければ。



 もしかしたら、二度と翔先輩に会えなくなるかも……



 そんなの、嫌だ。


 でもじゃあ、どうすれば良い?




「いえ、知りません」
「本当に忘れたのかよ! やった相手はもう眼中にないってか!」


「きっと、誰かと間違えてるんじゃ」
「うるせー!」


 不良の1人が持った竹刀を床に打ち付ける。
 ターン!という音と共にホコリが舞う。


「朝井、あいつらは何なんだ」
「知らないですよ。人違いされてる、かもです」


 星川先輩の言葉にも、あたしは必死でしらばっくれる。
 ただ、いつまでこれが通用するのか。



 相手の不良たちは、あのときあたしが難なく倒した相手。強くはない。
 星川先輩が、翔先輩の言う通りの強さ、副長に選ばれるぐらいの強さなら、きっと勝てるはずだ。


 でも、そのためにはまずは拘束を解かないといけない。


 星川先輩はさっきからずっと手足を動かしているが、外せそうな気配はない。
 どうする。



「ったく、こちとら女1人にやられて相当イライラしてんだよ。というか、やられた相手の顔を見間違えるほどこっちもバカじゃねえんだ!」


 そうこうしてるうちに、不良の1人が金属バットをあたしに向かって振り上げた!


 やばい。あれをまともに受けたらひとたまりもない。
 身体が動かせない今の状況では、回避するにも限界がある。


 なんとか、頭への直撃は避けないと。
 あたしはとっさに身体を傾けながら、もう祈るしか無かった。




 ――誰でもいいから、助けて!




「鈴菜!!!」




 え?


 その声に、振り上がった不良の手が止まる。
 他の不良も、あたしも、星川先輩も、声のした方向を見つめる。


「鈴菜! いったい、どうした……」


 どうして。


 来てくれるのは、とても嬉しいと思った。




 でも、なんで。


「翔先輩……」
「翔!」


 あたしと星川先輩の声が重なる。


「すばる、一緒だったのか。でも、どうして」


 開いたドアから、翔先輩が部屋に入ってくる。
 制服は乱れ、髪はボサボサ。顔は赤く、息を切らせながら歩いてくる。


 どうしては、こっちのセリフです。
 なんでここがわかったんですか、翔先輩。



 いや、でも、来てくれて嬉しくはなったんです。
 それは本当です。



 だけど……




「悪い翔、不意を突かれた。すまん、朝井を巻き込んで」
「何だ、お前?」
「こいつも紅陽みてえだな。この女の仲間か?」


 星川先輩の声をさえぎって、不良たちが翔先輩の前に立つ。



 やばい。また、翔先輩がやられてしまう。


 これがドラマだったら、ここでさっそうと現れた翔先輩が不良たちを倒して、あたしや星川先輩を難なく救出するのだろう。
 でもそうはいかない。あたしと特訓してるとはいえ、翔先輩はまだまだ全然強くない。



 しかもだ。
 今、あたしの隣には星川先輩がいる。


 星川先輩はそれこそ、駆けつけた翔先輩を救世主だと思ってるはずだ。


 そう思ってる星川先輩の前で、翔先輩がやられたら……



 でも。かといって、あたしや翔先輩の秘密を守りながら、このピンチを切り抜ける方法なんて、思いつかない。



 翔先輩。どうするんですか。



「待て、こいつあの時の男子じゃねえか?」
「あっ本当だ。じゃあこいつ、またやられに来たのか?」


 不良たちににらまれ、翔先輩が一歩後退りする。


 学校の女子相手にも、あんなに身体を震わせていた翔先輩だ。
 一度やられた不良高校生の前で、恐怖がないわけない。



「どうした翔!」


 星川先輩が叫んだ……その瞬間、翔先輩が殴られた。



 かわそうとした動きもむなしく、あごのところを横から殴られてふらつく翔先輩。


 続いて別の不良が翔先輩の腹めがけてキック。


「うぐっ」


 声にならない声を出し、翔先輩はその場にうずくまってしまった。



「おい、翔! 大丈夫か!」


 やばい。
 星川先輩の声が、明らかに焦っている。


 きっと星川先輩には、あっさりと2発も攻撃を受けた翔先輩が信じられないんだ。



 でも、あたしにはどうすることもできない。隣に星川先輩がいる状況で、変なことはできない。
 星川先輩も拘束は解けない。


 翔先輩を助けようにも、手段がない。



「そうだお前、あの女の知り合いなんだろ?」
 翔先輩の顔をつかんで持ち上げ、不良の1人が聞く。


「だったらさ、あいつの弱点とか教えてくれよ」
「じゃ、弱点……?」
「そうそう。俺らも、女とケンカしたことはあんまねーからさー」
「そんなの」


 翔先輩は、あたしの方をちらり。


 そして、目の前の不良をもう一度見る。


「無い、よ」