すると、星川先輩はものすごく驚いた顔をした。
マンガみたいに、目を大きく見開いて。
「そんなの……知らねえよ。ってか、知ってたとしてもお前なんかに言わねえよ」
星川先輩はぷいっと前を向く。
なんでだ。聞いちゃいけないことなのか、これ。
それとも、『紅桜』に関わることとか?
そういえば、今日は翔先輩、先輩たちから呼び出されてるんだっけ。
まさか、修先輩みたいな強さは、翔先輩には無いことがバレた……?
で、そこからあたしとの本当の関係とかまで感づかれていたりしたら……
その場合、翔先輩のあの、総長をやるという覚悟は、先輩たちに通用するのだろうか。
それともやっぱり、いざというときに戦えない総長はダメ、ということになってしまうのだろうか。
いや、通用してほしい。
あたしと特訓してでも、翔先輩が決めた覚悟。
修先輩が戻ってくるまで、自分が総長であり続けるという決心。
お願いします、どうか翔先輩の熱意が伝わりますよう……
「おいどうした、難しい顔して」
そこで、はっとあたしは顔を上げた。
気づけば結構歩いていたらしい。ここまで来ると、紅陽からすぐだという星川先輩の家よりも、あたしの家の方が近いんじゃないか。
「いえ、ちょっと考え事を。――それより、どうしたんですか? こんなところまで来て」
あたしの問いかけに、星川先輩は答えない。
繁華街を歩く星川先輩の後ろを、あたしはとりあえず歩き続ける。
もしかして、あたしを連れていきたいところでもあるのだろうか。
そう思っていたら。
「あの、すみません。……ちょっと良いですか?」
急に聞こえた声にあたしと星川先輩が顔を向けると、男子が1人立っていた。この近くの中学の制服を着て、通学カバンを肩に掛けている。
「えっと、オレたちに?」
「はい。お二人とも紅陽の人ですよね? 実は、自分の知り合いが紅陽の人に用があるらしくて……ちょっと来てくれますか?」
あたしと星川先輩は顔を見合わせる。
「――どうします、星川先輩」
「まあ、断る理由もねえし。もし何か揉め事だったりしたら、『紅桜』のみんなにも相談しねえとな」
「ありがとうございます!」
男子はカラオケボックスの角を曲がって、路地へ入っていく。あたしと星川先輩もついていく。
薄暗い路地の行き止まりまで来たところで、男子は立ち止まってこちらを向いた。
「えっと、まず見てほしいものがあるんですけど……」
制服のポケットをゴソゴソやる男子。何か緊張しているのだろうか、手がおぼつかない。
と、その時。
「あ、ちょっと失礼。電話だ」
星川先輩がスマホを取り出し、耳に当てた。
「おう、終わったか? どうだった?」
話し始める星川先輩。
ポケットの次は、カバンを開けて色々探し始める男子。
――その2人に目が行っていたから、あたしは気づかなかった。
!
後ろに気配を感じたときには遅かった。
首の後ろに強烈な衝撃を受け、あたしの意識が遠のく。
このビリビリした感じ、もしかして……
***
「……鈴菜、鈴菜……」
ん? 翔先輩の、声?
遠くの方に、なんだかぼんやりと、翔先輩がいるような。
「……鈴菜、大丈夫か……」
何かが、伸びてきて。
これは、右腕?
「……守るから、守る、から……」
「翔先輩……?」
あたしがつぶやいた先には、誰もいなかった。
目を覚ますと、あたしがいたのは薄暗い場所。
使われていない倉庫、だろうか。あたしの目の前には空間があるが、部屋の隅には段ボール箱が積み上がっている。
あたしから見て右奥に、わずかに開いたドアがあるだけで、床にもホコリが積もっている。
振り返ると窓があって光が入ってきているが、外の様子は曇っていて見えない。
そして立ち上がろうとして、気付いた。
あたしは今、拘束されている。
両足首を結束バンドで縛られ、同時にしか動かせない。
両手も後ろ手に固定されている。こちらも結束バンドで両手首を繋がれてしまっている。
そしてその状態で、あたしはさび付いたパイプ椅子に座らされているのだ。さらにパイプ椅子と腕は、ガムテープできつく縛られている。
……そうだ。今日は翔先輩じゃなくて、星川先輩と一緒に下校してて、その途中で男子中学生から何かお願いされて、路地に入ったところで……
あ!
「星川先輩は……」
あたしはまだ見ていない左方向に首を向ける。
「星川先輩!」
そこには、あたしと同じ格好――両手両足を縛られ、パイプ椅子に固定され座らされている星川先輩がいた。
「星川先輩!」
あたしは精一杯首を伸ばして、星川先輩に届くよう声を張り上げる。
「う、うん……朝井、どうした……うわっ!」
呼びかけが届いたのか、星川先輩は目を覚ます。
そして拘束されていることに気づくと、驚いて声を出した。
「……ああ、そうだ。確か、あの男子について行って……あっ、痛え。何なんだあれ。首筋に、ビリビリって」
星川先輩が少し顔をしかめる。あたしと同じ方法で、星川先輩も気絶させられたんだ。
「あれは、きっとスタンガンです。聞いたことないです? 護身用のやつなんですけど」
片手で持てて、スイッチ1つで電撃を発生させられるので、誰でも扱いやすい武器であるスタンガン。
小さい頃、組の人たちのやつを触っていたら感電して大変なことになったあたしは、あれが手軽な割に強力だということを身を持って知っている。
「詳しいなお前。でも、いったい誰がこんなことを」
そうだ。
きっと犯人は複数。
あの男子があたしたちを人の目の無い路地に誘い込んで、あたしたちの気を引いてる間に他の誰かが後ろから襲った。
拘束を解こうと手足をガチャガチャさせながら、星川先輩はつぶやく。
「誘拐……?」
「それか、星川先輩が『紅桜』の副長だってことを知ってて、他校の人が」
「オレにケンカを売ってきた、ってことか。だったら朝井まで巻き込んで悪いな……」
不良集団みたいなものとは言えど、『紅桜』はあくまで紅陽の生徒のために動く用心棒みたいなものだ。だから『紅桜』側から敵を作っていくようなことは無いはず。
でも他校の不良から見たら、『紅桜』だって敵。こういうことがあっても、おかしくはない。
「あたしは大丈夫です。とりあえず、ここから逃げることを考えましょう」
あたしも星川先輩も、制服のまま。ポケットに入れていたはずのあたしのスマホがいつの間にか無くなっているが、部屋の隅には2人の通学カバンも転がっている。
まずは、両手両足を自由にしないと。
「おっ、目が覚めたか」

