それからの数日、あたしはほとんど落ち着けなかった。



 あたしが、翔先輩を好き?


 それも、恋をしているってことはつまり、かつてしゅうくんに対して持っていた気持ちと、多分同じ……?



 なんだか、それに納得してしまうあたしがいる。


 だって修先輩と翔先輩はよく似た顔の双子。修先輩のことを一度好きになったのなら、翔先輩のことも同じように好きになっても全然おかしくない。



 でも、どうして。


 あたしは翔先輩の、総長として頑張る覚悟に心打たれた。
 あたしのことを守ると言ってくれたのは、確かに嬉しかった。


 かといって翔先輩が好きになった、というのはなんかつながらない気がする。


 例えるなら、組の人たちが父さん……組長を好きって言ってるようなものじゃないか?


 少なくとも、そこに恋愛要素はないような。




 だけど、じゃあ翔先輩のことを考えてしまうのは、何?


 自分の部屋に1人でいるときも。
 ふと、家に1人でいるだろう翔先輩が心配になったり。
 夜もダンベル上げ下げしているのだろうかと考えたり。
 こういう特訓方法はどうかな、と思いついてみたり。



 文字通り、寝ても覚めても、というやつである。


 そんなこと、今までなかったのに。



 やっぱり、響子ちゃんの言う通りなのか。




「……朝井!」
「は、はい!」


 そこで、ばっと目が覚める。


「もう、ずっと起こしてたのに、鈴菜ちゃん」
 目の前で振り返る響子ちゃん。


 気づくとあたしは、また堂々と授業中に寝ていたらしい。


「全く、連休の間だからって気を抜くんじゃないぞ。5月の末にはもう中間テストなんだからな」
 先生がつぶやいて、また授業に戻る。


 結局、ずっと寝不足だ、あたし。
 自分の気持ちがわからなくて、家では全然寝られてない。



「鈴菜ちゃん、大丈夫?」
「ねえ、響子ちゃん」


 あたしは眠い目をこすりながら、響子ちゃんに聞いてみる。


「恋をする、ってどんな感じ?」



 すると、響子ちゃんの目が丸くなった。


「鈴菜ちゃん、やっぱり例の先輩だっけ?に恋してるんだね!」
「違うよ! それがわからないから聞いてるの!」


 先生に聞かれないように小声で叫び合うあたしと響子ちゃん。


「そこが気になった時点で、鈴菜ちゃんは恋に落ちてるんだよ」
「なにそれ」


 あたしは口をとがらせる。
 でも、あたしにはこういう恋愛の知識はあんまりない。何しろ男に囲まれて育ってきたし。


 響子ちゃんみたいに、そういうのに詳しそうな人の知恵を借りるしかないのだ。


「わたしの知る限り、鈴菜ちゃんみたいに自覚の芽生えた子が実はただの勘違いだった、なんてことは絶対にない! そういう自覚が生まれた時点で、鈴菜ちゃんは例の先輩のことが好きなのだ」


「……響子ちゃんは、誰かを好きになったことはあるの? その、恋をしてるって意味で」
「わたし? わたしはね」


 響子ちゃんの視線が、一瞬宙をさまよう。


「好きな人、いるよ」


 いるんだ。
「総長とか、副長とか」



 ――え?

 まさか、響子ちゃんも。
 あたしの心が、なぜか緊張する。
 でも、続く響子ちゃんの言葉は、あたしの想像とはちょっと違っていた。


「異性じゃなくていいのなら、お姉ちゃんも好きだし。でも、それって恋ってのとはやっぱ違うよね」
「じゃあ、恋をしたことは」
「うーん、無いかな。してみたい、とは思ってるけど」


 響子ちゃんは、あっけらかんと言い放つ。


「だからこそ、わたしは鈴菜ちゃんの恋を全力応援します」
「それは……ありがとう、で良いの?」
「うん! だから、相手誰か教えてよ」



 ……恋かもしれないって思ったら、ますます翔先輩って言う気がなくなったじゃないか。


 というか、総長なんて言わないでよ響子ちゃん。
 びっくりしちゃったよ。



 ――あれ、なんでびっくりしたんだ、あたしは?



『朝井。今日は翔が先輩たちに呼ばれたからお前と一緒には帰れない。だからお前はその代わり、オレに付き合え』


「え!」
「朝井! だから気を抜くな!」


 星川先輩からのメッセージにびっくりしたあたしの声に、また先生が反応した。




 ***




「あっ、星川先輩よ!」
「ねえ、一緒にいるのあの子じゃない? ほら、いつも翔先輩といる」
「本当だ。翔先輩だけでなく星川先輩まで狙うの?」


 下校時間になった。
 校門から出ていくあたしに注がれる周りの女子からの視線が、いつになく痛い。



「何だよ、何か気にしてんのかよ。翔と一緒のときは普通にしてんのに」
「星川先輩こそ、周りの視線とか気にしないんですか?」


 星川先輩のあとをついていきながら、あたしは尋ねる。
 普段翔先輩と帰る方向とは逆に歩いていく星川先輩。星川先輩の家はこっちの方に歩いてすぐだそうだ。


「気にしないわけないだろ。別にオレはキャーキャー言われたくて『紅桜』に入ったわけじゃねえんだ。先輩から副長に選んでいただけたのは嬉しいが、周りから騒がれるのだけはごめんだ」
 そこで星川先輩は振り返る。相変わらず、かっこいいけど無骨な顔。


「もっとも、修と翔は違うみたいだけど。翔なんか、新学期の次の次の日あたりなんかにはもう周りに笑顔を振りまいてたからな。3月まで教室登校できてなかったやつとは思えねえよ」


 翔先輩の、笑顔。
 超がつくイケメンの翔先輩がしょっちゅうそんなことしてたら、確かにすごいことになりそうだ。
 あたしに突っかかってきた女子先輩たちみたいに、翔先輩に憧れるあまり度を超えちゃう人が出てきてもおかしくはない気がする。



 あれ、でもあたしに色々することはあっても、そんな周りにもしてたっけ。



「周りに笑顔を振りまく、なんだかアイドルみたいですね」
「そうだな。だからお前は、そのアイドルから壁ドンとか、なんか色々されてんだ。それを自覚しろ」


「それは、わかってますよ。でも、翔先輩が総長らしくあるためにやってることで」


 言い返しながら、あたしの声は小さくなる。


 そういう理由があったにしても、あの総長しぐさがあたしを動揺させ、色々と考えさせているのは事実。それに周りに他の人がいない状況でも、翔先輩はああいうことをやってくるのだ。



 ――本当にあれは、ただの総長しぐさなのか?



「あの、星川先輩は、そのことについて翔先輩から聞いてたりするんですか?」


 思い切って聞いてみる。