!?


 っていや待て、わかってたじゃないかあたし。
 星川先輩があたしを呼びつけるなんて翔先輩絡みしか考えられない。


 けど、翔先輩のことだと思った途端、あたしの心は無意識のうちに、動揺しちゃってる。
 なんで。


「どうって……総長すごいなって思ってますよ。顔もイケメンだし」
「それだけか?」
「それだけって……かっこいいじゃないですか、翔先輩」



 あれ、なんだか星川先輩の顔が不満そうになっていく。
 腕を組み、右足の先でコツコツと床を叩く。
 あたし、変なことでも言っただろうか。



「あーお前さ、本当にそれだけか?」
「えっ。ああ、あとは感謝してます。あたしを守ってくれて」


 そうだ、確かにこれを言わないのは不自然だ。
 あたしは翔先輩の付き人をやる代わりに、不良から守ってもらってる設定なのだから(本当は逆だけど)。



 でも、星川先輩の顔は変わらない。


 これ以上、あたしからどんな答えが欲しいんだ?



 星川先輩は大きなため息。そして口を開く。


「――お前、なんとも思わないのか? 翔から毎日色々されて」
「色々?」
「されてんだろ。壁ドンとか、何かささやかれてたりとか」


 あっ、それのことか。


「あれは、びっくりしてますよ。翔先輩は、総長らしいだろとか言ってますけど」
「そんなこと言ってんのかあいつ。っていうか、お前はあんなことされて、なんとも思わねえのかよ」
「だからびっくりしてるって言ったじゃないですか」


 あたしが思わず言い返すと、星川先輩の射るような視線が突き刺さる。
 やばっ、これ以上抵抗したら女子として不自然かな。


「あのさ、翔ってすげえ顔が良いわけよ。周りから慕われてるし、修みたいな強さもある。そんなやつに毎日あんな仕草されて、女子として何とも思わねえの?」


 そ、それは。


「その翔に守ってもらえてんだぜ。お前、相当幸せもんだぞ?」
「だから、感謝してるって……」
「本当か?」


 翔先輩に守る、と言われたのは本当だし、それを良く思ったのも本当だ。
 でもそれは、星川先輩が想像しているような意味の守るじゃない。


 翔先輩に毎日されてる総長しぐさも、もちろん何も思ってないわけがないのだ。
 やられるたびに、あたしの心は揺れ動き、心臓がドクドクと音を立てる。


 だけど、あたしはあの総長しぐさが、総長になろうとしている翔先輩の頑張りだと知っている。
 だから、他の女子とは印象が違って見えてしまうのだ。



「――かっこいい、と思ってます。外見もですけど、その総長らしいところも、あたしを守ろうとしてくれるところも、あたしに色々してくれることも」
 なんとか答えを出す。


 言葉としては、本当だ。
 星川先輩とあたしで、意味してるところは違うかもだけど。



「うーん……わかったよ」


 星川先輩が、とても大きなため息。
 そしてポケットからスマホを取り出す。


「おい、オレにも連絡先交換させろ。どうせ翔とは交換してるんだろ」
「あ、わかりました」


 メッセージアプリの連絡先をあたしと交換した星川先輩は、あたしの横を通って、扉を開けて客席に戻ろうとする。


「ああそうだ、昨日学校で翔が言ってたんだけど」


 思い出したかのように、星川先輩は足を止める。




「お前、かわいいところもあるってさ。ずるいよあんな顔もできて、みたいなこと言ってた」



 ……はい!?



「まあ実際、お前面白い顔もするよな。さっき客席から見返してきたときの顔、良かったぜ」



 ――星川先輩が扉の向こうに消えても、あたしはしばらく動けなかった。




 ***




「……鈴菜ちゃん?」


「え?」
「鈴菜ちゃん、ドリンクバー何が良い?」


 ふっと気づくと、響子ちゃんがあたしのコップを持っていこうとしているところだった。
「あっ、ありがとう。あたしコーラ」
「りょーかい。どうしたの、さっきから心ここにあらずって感じだよ?」
「いやあ、こういうライブ初めてだったから、ちょっと雰囲気に飲まれたというか」


 あたしは適当にごまかして、他の女子たちとの会話に混ざる。


 ライブ終わりに、夕飯がてらみんなで来たファミレス。
 注文もそこそこにライブの感想――主に星川先輩だけど――で盛り上がってる中、あたしはどうしても別のことを考えずにはいられなかった。




 ――あたしには、かわいい顔もできる?



 星川先輩がうそをつく理由もないので、きっと本当に翔先輩はそう言ったのだろう。



 正直、めちゃくちゃ嬉しい。
 かっこいいと言われるより嬉しい。


 だってあたしが目指すのは女子らしい女子。響子ちゃんみたいなかわいい女子。
 翔先輩との特訓を始めて、また身体を動かすようになってもそこは変わらない。


 現に、ケンカの話とかは絶対周りの子には言わないようにしてるし。


 それに、あたしの本性を知ったら、あのときのしゅうくんみたいな反応をする人がまたいるかもしれない……



 あれ、そういえば。


 翔先輩はどうして、あたしを怖がらなかったのだろう。



 あのときのしゅうくん……修先輩と、あたしが助けたときの翔先輩は状況がよく似ている。


 なら、同じような感情を持っても不思議じゃないはず。



 違いは、翔先輩が総長になろうと頑張っていたこと、になるのだろうか。


 その状態の翔先輩の前に、強いあたしが現れたら。



 あたしに対して、憧れを持つ……?




「鈴菜ちゃん、日替わりパスタセット来たよ」
 そのとき聞こえた声で、あたしの考えは中断した。


「すみません、ありがとうございます」
 店員さんがあたしの前に料理を置いてくれる。隣にはいつの間にか響子ちゃんが持ってきてくれたコーラ。



 ……まただ。
 何なんだろう、最近は。


 今日、星川先輩から翔先輩について聞かれたときに、うそは言っていない。
 でも、言わなかったことがある。



 最近、気を抜くとなぜか翔先輩のことを考えてしまうのだ。


 今日のライブのときも、特訓に良さそうとか思ったり。
 聞かれてもないのに、家で一人の翔先輩は不安じゃないか、と勝手に心配したり。


 ボディーガードだから、いつでも守る相手のことを考えるのは当然?
 特訓相手の心配をするのは当然?
 そうだとしても、ここ数日で急にだ。


 先輩たちに絡まれていたところを翔先輩に守られ。
 病院で修先輩に会い、あたしの初めての想い人だったことを知り、翔先輩をよろしくと言われ。
 翔先輩の家、部屋にお邪魔して。


 それで、翔先輩のことを色々知ったから……?



「ねえ、聞きたいんだけど」

 あたしはフォークを置いて、みんなに話してみる。


「最近、気を抜くとすぐ頭の中に浮かんでくる人がいて」
「どういうこと?」
「えっと……なんか、その人のことを考えちゃう、みたいな」


 あたしがそこまで言うと、一瞬でみんなの目が変わった。


「ちょっと、それ誰?」
「男? 女?」
 みんな、自分の持ってるスプーンやフォークを置いて、目を輝かせてあたしに向けてくる。


 えっ? これ翔先輩って正直に言っちゃって大丈夫なやつ?
 みんなの勢いがなんかすごいんだけど。


「男子よ。紅陽の」
 とりあえずそれだけ言ってみる。


「ほんと!」
「1年? それとも先輩?」
 盛り上がりがどんどん大きくなっていく。みんな結構こういうの気にするのだろうか。
 それとも、女子は普通こういうものなのか?



「先輩だけど……それで、これどういうことなのかな、って気になって。意図的に気にしてるわけじゃないのに、勝手にその人が浮かぶ、みたいな」


 あたしが言葉を続けると、みんなが顔を見合わせる。



 そして、どっと笑った。
「え、何?」
「いやいや、鈴菜ちゃん自覚無いの?」


 響子ちゃんが自分のコップを置く。そして笑いで顔をくしゃくしゃにしながら、あたしに向かって言ってきた。



「鈴菜ちゃんは、その先輩のことが好きなんだよ」



 好き……好き?


「それって、好きってこと?」
「そう言ったじゃないの。ああ、言い換えるなら……」


 響子ちゃんが、これ以上ないほどの笑顔になる。楽しそうだ。



「鈴菜ちゃんは、恋をしています」