「ありがとうございましたー!」
「お姉ちゃん最高ー!」
隣の響子ちゃんが手を振り上げると、響子ちゃんのお姉さんがステージの上から去り際に手を振って返す。
ここはライブハウス。
響子ちゃんのお姉さんは学校で軽音部に入っており、今日はそのOBが主催するライブなのだという。
そこにお姉さんのバンドが出るということで、響子ちゃんが見に来ないかとあたしや他のクラスメイトを誘ったのだ。
「響子ちゃんのお姉さんすごかったね!」
「でしょー、本当に普段とは全然違うというか……おっと」
足がふらつく響子ちゃんを、あたしはとっさに後ろから支える。
「大丈夫響子ちゃん? 疲れてる?」
「うーん、そうかも。ちょっとはしゃぎすぎちゃったかな」
「でもわかる。わたしもちょっと今、腕痛いかも」
「わたしは足が……」
響子ちゃんが言ったのを機に、みんな次々と身体を気にしだす。
「鈴菜ちゃんは平気? 結構盛り上がってたけど」
「あたしは大丈夫だよ。正直よくわからないから、周りに合わせてただけだったし」
ライブで盛り上がって身体を動かすのって、意外とちょうどいい運動なのかもしれない。
今度翔先輩に勧めてみるか……って何を考えてるんだ。
そもそも翔先輩がこういう場所に来るかどうかすらわからないのに。
そう考えると、翔先輩のことをあたしは全然知らない。
いや、趣味とか知らなくても、ボディーガードや特訓相手をする分には困らないから良いんだけど。
……でも、気にはなる。
それこそ入院中は、ベッドの上で何してたんだろう。
「鈴菜ちゃんって結構体力あるよね」
「わかる。体育の持久走のときもなんだか余裕そうだったし」
「というか普通にスポーツテストの結果良かったもんね」
って、いつの間にあたしの話題になってる。
あたしはそんなに体育ができるキャラにはなりたくないのに。
響子ちゃんみたいに、はあはあして周りと大丈夫?って言い合ってるキャラで行きたいのに。
「あっ、そんなことより次のバンドの演奏始まるよ」
幸いにも照明が落とされたので、あたしはみんなの注意をステージの方向へ。
「ええっ?」
その途端、思わず声が出てしまった。
だって、ステージの脇から出てきた人たちの中に、星川先輩がいたから。
なんで。
翔先輩のことを思わず考えていたから、他人の空似でもしたか。
「あれ、星川先輩じゃない?」
「うそっ、副長の?」
周りもざわざわしだす。やっぱり見間違いじゃないんだ。
そのざわざわをよそに、星川先輩はステージ下手側に置かれたキーボードの前へ。
そしてそのまま、バンド演奏が始まった。
***
星川先輩のキーボードは、普通に上手かった。
あたしは音楽に関してはド素人だけど、それでもすごいというのはわかった。
「まさか、星川先輩が……」
あたしの隣で、響子ちゃんは驚きすぎてもう放心状態である。
確かに、顔から感じる星川先輩の無骨なイメージと、鍵盤の上で器用に指を動かすキーボード演奏は、全く合わない。
「やばい。わたし、星川先輩好きになっちゃったかも」
「好きってそんな」
いや、これがいわゆるギャップ萌えというやつなのか。
響子ちゃんはすっかり星川先輩のとりこになったようだ。
好き、か。
もちろんファンとして、って意味だよね?
そう思い、あたしが再びステージに目を向けると、そこで星川先輩と目が合った。
まただ。
あたしのことを舐め回すような視線。
星川先輩はボーカルの男の人が喋ってる間、たびたびあたしをにらみつけてくる。
でも、あたしが気付くと、ふっと視線を離す。
――やっぱり、翔先輩の付き人になったあたしが気になるんだ。
「では、最後の曲行きます!」
そして、演奏が始まると、またキーボードの上に手を置いて、見事な演奏をしてみせる。
で、あっという間に星川先輩たちの出番は終わった。
響子ちゃんたちの黄色い歓声に包まれながら。
「ね、ね! やばかったよね星川先輩!」
「ほんとかっこよかった!」
あちこちでそんな会話が繰り広げられている。
まさかこんなところで、秘密を守るために最も気をつけなきゃいけない相手である星川先輩に遭遇するとは。
「というか星川先輩って軽音部だったの?」
「違うよ。でもなんか、ピアノ弾けるんだって。お姉ちゃん言ってた気がする」
響子ちゃんが得意げに答える。
「それより星川先輩、演奏の間にわたしのこと見てたよ! 絶対!」
「えっそうかな、多分わたしの方だよ」
ああそれ、きっと響子ちゃんの隣にいたあたしを見てたんだ。
あのにらみつける視線。
――あれは、ケンカを始める前の組の人たちの視線に似ている。敵意を持った感じ。
やっぱり、良く思われてないんだあたし。
「あっ、星川先輩!」
響子ちゃんの声で気づくと、星川先輩が他のバンドメンバーと一緒に客席の方に出てきていた。
「星川先輩、すごい上手かったです!」
「軽音部だったんですね!」
「違う違う。でも元々のメンバーが急に参加できなくなったとかで誘われたんだ」
無骨な顔は変えずに、周りからの声に応える星川先輩。
その様子は、学校で翔先輩や他の人たちと一緒にいるときと変わらない。
でも、あたしの横を通り過ぎるとき、小声で確かにささやいた。
「次のバンドの演奏終わったら、非常口の扉を開けろ。話がある」
***
あたしは星川先輩に言われた通り、客席を出てトイレの隣りにある、非常口マークの書かれた扉を開ける。
ギイと音を立てて扉が開いた先は、非常階段。
「おう、朝井。逃げずに来たな」
そして、壁際に星川先輩がいた。もちろん他には誰もいない。
「な、なんですか?」
変わらない星川先輩のにらみつけ。あたしはおびえている感じを出しながら答える。
そんなに怖くはないが、できることならそのまま去りたい。
というか言われた通りに来る必要も無かった気がするけど。
「お前、翔のことどう思ってるんだよ」