「……でも、強くなりたいんだ。かっこよくなりたいんだ。できるだけ早く」


 目が合う。


 はっきりと、あたしを見つめている翔先輩。



 あたしは、翔先輩の頑張りをまた知ってしまった。


 無理してほしくない気持ちと、頑張りに報いたい、助けたい気持ちがせめぎ合う。



「わかりました。ただ、全く気にしないわけにはいかないので。修先輩も身体に気をつけろって言ってましたよね」


 さすがに全くわかってないとは思いたくない。
 あたしは釘を刺すが、これで足りるだろうか。




「それに……あたしも嫌です」



 あっ。
 気付いたときには思わず、声が出ていた。


「もし翔先輩の身体に、何かあったら」


 昨日みたいに、翔先輩が倒れてしまったら。
 最悪の想像が頭の中を通り、それだけは言えないとストップをかける。



 ――もしもそのまま、目を覚まさなかったら。



「あたし、その、どうすれば」
「ありがとう。オレのことをそんなに思ってくれて」




 次の瞬間、あたしは翔先輩に抱きしめられていた。



 って、ええっ!



「ちょっ、翔先輩!?」
「いや、ちゃんと態度でも示しておかないとって思ってさ。鈴菜を守るのは、オレなんだって。鈴菜を悲しませたくないな、って」


 窓ガラスに反射したあたしの顔が、真っ赤になっている。
 思考が落ち着かない。


 どうして?
 どうして翔先輩はあたしに、こんなことをしてくるの?



 いてもたってもいられず、あたしは力ずくで翔先輩を引きはがす。


「オレに何かあったら、鈴菜が悲しむ。……そうか、そうだよな。わかった、自分でも身体、気をつけるようにするよ」


 気をつけると言ってくれるのは嬉しいけど。


「じゃ、じゃあ、あたしのことも気をつけてください」
「ん、どういうこと?」
「その、急に名前呼びになったり、近づいたりするのは、びっくりしちゃうので……」


 あたしがなんとかその声を出すと、翔先輩は真面目な顔つきになる。



「うーん、でも行動で示さないといけないじゃないか。鈴菜を守るのはオレだって」
「それは、学校の人たち相手にはそうかもしれないですけど」


 今は翔先輩と修先輩の部屋にいる。しかもここは2階。
 隠しカメラでも無い限り、あたしたちのことを見ている人間はいない。


 だから学校でやってるみたいな総長しぐさを、ここでする必要は無いのに。


「いやいや、鈴菜にもわかっていてもらわないと」
「えっ、あたしに?」

「だって、オレのことは鈴菜が守ってくれるけど、鈴菜のことは誰が守ってくれるんだい?」



 言われて思い出す。
 あたしが女子の先輩たちに取り囲まれたとき、翔先輩はあたしを助けてくれた。



 学校であたしが守られる側になるなんて、全く想像できていなかった。


 そしてあのときの翔先輩の背中は、とても大きく見えた。



 ――頼りになる人がいるって、こんなにも心地良いんだ。



「それにさ、別に学校じゃなくても、総長っぽいことやってもいいじゃん」


 今度は、翔先輩の顔がちょっと赤くなる。……なんで?


「オレは総長なんだから、やりたいときに総長をやる。鈴菜の前では、オレはいつだって総長。この先、修が戻ってきても、鈴菜にとっての総長はオレであってほしいんだ」



 それは、つまり。


 翔先輩はずっと、あたしの前では総長を名乗り。



 ……あたしを、守る?




 ***




「鈴菜ちゃんこっち!」
「ごめん遅くなって!」


 それから数時間後、駅の改札前で手を振る響子ちゃんたちに向かってあたしはダッシュしていた。


「良いよ、時間に余裕あるから。鈴菜ちゃん何か用事あったの?」
「いやあ……まあ家でちょっとね」


 適当にごまかす。
 まさか翔先輩の家で一緒に特訓してたなんて、誰も思わないだろう。



 翔先輩に突然抱きしめられたりなんてこともあったが、なんとかその後の特訓は無事メニューを終了。
 夜に両親と約束があるという翔先輩はもう少し付き合ってほしかったらしいが、あたしも響子ちゃんたちとの約束があったので、特訓は午前で終わり。
 あたしはそのまま、こうして駅までやってきた。


「それよりどうするの? まだ始まるのには時間あるよね」
「うん。でもお姉ちゃんたちにあいさつしとかないとだから」
「あっそっか。こういう場所行くの初めてだから響子ちゃんだけが頼りだよ」
「いやいや、わたしもそんなに詳しくないって」


 そんなクラスメイトたちの会話を聞きながら、あたしは頭の片隅で考えていた。




 翔先輩はずっと、あたしを守る。


 そういうことを翔先輩が言ったという事実。


 それも冗談なんかではまったくない。


 実際に翔先輩は、女子の先輩たちからあたしを守ったのだから。



 でもそれは校内だけで十分だ。


 学校の外に出たら、逆にあたしが翔先輩を守る番である。
 だってあたしは翔先輩のボディーガードになったのだから。


 それでも、翔先輩はあたしを守ろうとするのだろうか。
 守られる側が守る側をかばう、なんてことがあり得るのだろうか。



 翔先輩の、覚悟を決めた目が頭の中に浮かぶ。



 もしかして、あるいは……



「鈴菜ちゃん、こっちだよ」


 その声で気づくと、響子ちゃんたちが雑居ビルの中に入っていくところだった。
「おっと、ごめん」
 あたしは慌ててついていく。
 もう、せっかく今日はクラスメイトと遊びに来ているのに。
 みんなをお手本に、かわいい女子について知っていかないと。


 翔先輩のことを考えるのは、一旦後回しだ。