――はい?



「それ、どういうことです?」
「そのままの意味だよ。翔は、強いすずちゃんが好き」


「いや、だから、その……」


 修先輩がもう、あたしを怖がってなんかいないことは、なんとなくわかった。
 だけど、それ以上に聞きたいことが、今ある。



「その好きは、えっと」


 あたしがしゅうくんに対して持っていた好きと、同じ意味ですか……?



「ああ……」
 修先輩が、何か言おうとした、そのとき。




「修、入るよ」
 扉が開いて、後ろから翔先輩が現れた。




 ***




 翔先輩の検査結果は、特に問題なかったらしい。
 でも、強くなるための特訓をしてることを医者の先生につい話してしまい、ちょっと怒られたそうだ。


「外は何があるかわからないんだから、無理な運動はするな。できるだけ家の中でやりなさい。疲れてると思った前に休みを取りなさい、だって」
「そりゃあ医者はそう言うだろ。あ、でも運動するなとは言わなかったんだな」
「そうそう。ちゃんとルールを守って取り組めってさ」
「まあ、翔もようやく退院できて動きたいだろうしなあ。先生やっぱ優しいや」


 そんなことを話しながら、翔先輩と修先輩は笑う。
 2人並ぶと、ますますそっくりだ。気を抜くと、どっちだっけ?ってなりそう。



 でも、いまいちあたしは2人の話をちゃんと聞いていられなかった。
 さっきの修先輩の言葉が、ずっと頭の中をぐるぐる回っていた。



「翔は、強いすずちゃんが好き」



 その好きっていうのは、どういうことなんだろう。
 修先輩はきっと意味もわかっているはず。


 聞けるものなら、聞きたい。



 けど……聞いちゃって、いいのか?


 そんな恥ずかしいことを?


 そもそも強い女子が好きなんて、どういうことだ?




 ――うん、やっぱりそんな重い意味じゃない気がする。


 翔先輩は確かに強くなることを望んでいる。
 そのためにあたしを頼った。


 それと好きとかそういう話は別に決まっている。
 学校での立ち振る舞いは、総長としての威厳を保つためって翔先輩も言ってるじゃないか。


 まあ、だからといって唐突に名前呼びするのは、こちらもびっくりするけど……



「すずちゃん、特訓中の翔ってどんな感じなの?」
「えっ?」
 そう、こんな感じで、不意に翔先輩は色々言ってくるのだ。
 いや、今のは修先輩か。


「えっと、頑張ってますよ。最近は、弱音も吐かなくなりましたし」
「そうかすごいなあ。本当に泣き虫なんだぞこいつは。昔はオレや母さんが面会に来て、帰ろうとするだけでわんわん泣き出して」


 ああ、ちょっとそれは想像つく。


「本当に、良く手術なんてできたなって思うもん。まあ、それぐらいの度胸が翔にもあるってことだ」



 そうか。


 あたしは入院とか手術はしたことないけど、組の人がそういう状態になるのは何回も見てきた。
 やっぱりみんな、苦しい目をしてた。そりゃそうだ。痛いんだもの。


 ましてや当時の翔先輩は、今のあたしぐらいの年齢。
 あたしだったら、絶対に怖いと思う。



 だけど、翔先輩はそれを乗り切った。
 あたしとの特訓ぐらい、それに比べればなんてことないんじゃないか。


「もしかしたら、メンタルはオレより上かもしれないな。オレ、事故ったときに死んだと思ったもん」


 またちょっと笑う修先輩。一緒に笑って良いのかわからないラインの冗談だ。


 でも言ってることはそんなに間違ってないのかも。
 翔先輩は、やっぱり強い。


 頑張れる強さがある。その方が、あたしなんかよりよっぽどかっこいい。
 あたしも受験勉強頑張ったと思うけど、翔先輩は手術だったり、特訓だったり、身体に関わることだ。きっと、辛さが全然違う。



 翔先輩、かっこいい。
 顔だけでなく、その強さも、想いも。


 翔先輩との特訓、やりがいが出るというものだ。




「だけどな翔、無理だけはするなよ」
 そこで修先輩の顔が、少し厳しくなる。


「翔、お前はまだ自分の身体が良くわかってない。それこそオレの代わりに総長やるってなら、突然体調崩したら変に思われるだろ。ってか、そっちも無理しなくて良いんだぜ。オレからちゃんと説明すれば、すばるとか、みんなもわかってくれるはず」
「いや、決めたんだ。修の代わりは、ちゃんとやりとげるって」


 翔先輩の顔も、変わった。
 覚悟の目つき。


 あたしが信用した、男の目つき。


「みんながオレに、期待しているんだ。……それに」


 そこで、翔先輩があたしを見た。



「鈴菜との特訓も、ちゃんとやらなきゃいけないし」


 窓から西日が入ったせいなのか、少し赤い翔先輩の顔。



 って、だからそういう風に不意打ちで名前呼びしてキメ顔するのを止めてください!
 あたしも動揺しちゃうんですから!



「ふっ、そうか。わかった」


 なぜか含み笑いの修先輩。
 もしかして、あたしの顔も変なことに?
 それとも、またドキドキしてるのを見破られてる?



 でも修先輩は、すぐまた真面目な顔になって、あたしの方を向く。


「すずちゃん、翔を頼むよ。オレの代わりに、見ていてほしい」



 その目は、翔先輩と同じ。


 強い目だ。
 あたしのことを怖いと思ってたら、こんな目はできない。



「――はい。わかりました。翔先輩は、責任持ってあたしが見張ります」


 その目に、あたしは応えなきゃいけない。


 幼い頃の気持ちとはいえ、初めて好きになった人からの願いなんだ。




 それに。


「翔は、強いすずちゃんが好き」

 翔先輩だって、強い。



 ――やっぱりヤクザ育ちのあたしは、強い人に魅力を感じてしまうのかな。