「……翔先輩、1回休みませんか?」
「いや、平気」


 実戦練習を始めて1時間。
 もう何度目かわからないしりもちをつく翔先輩。
 息は上がり、顔には汗がにじみ、シャツにはあたしが殴ったり蹴ったりした跡があちらこちらについている。


「でも、さすがに翔先輩疲れてるんじゃ」
「大丈夫。オレは、もっと強くならなきゃいけないし」


 翔先輩は地面に手をつき、なんとか立ち上がる。
 どうしたんだ。10分ぐらいで音を上げると思っていたのに。


 筋トレじゃないとはいえ、あたしが相当手加減しているとはいえ、疲れやダメージは溜まるはず。
 その証拠に、立ち上がるときすでに翔先輩の両足がふらついている。そろそろ立っているのもままならなくなるんじゃないか。


「朝井さん……もう1回お願い」


 にも関わらず、こうして翔先輩は、あたしの前に立ち続ける。
 しかも、どれだけ辛い顔をしていても、あのまっすぐな目は変わらずこちらに視線を向けてくる。


 この、すごくかっこいい顔をされると、あたしも止めきれない。


 頭じゃ止めたほうがいいと思ってるのに、身体が動いてしまう。



 そして、あたしのローキックをよけきれずに、またしりもちをつく翔先輩。


「本当に、ちょっと休みましょうよ。急にやる気になったのはあたしとしても嬉しいですけど、無理に急ぐ必要は無いですから」
「いや……オレは急ぎたい」


 右手を木にもたれかけ、なんとか立ち上がる翔先輩。
 ボロボロになった身体と、覚悟を持った顔がミスマッチだ。



「だって……オレが強くなきゃ、朝井さんを……鈴菜を守れないじゃないか」



「翔先輩が?」


 何言ってるんだ。
 あたしが翔先輩のボディーガードのはずなのに。
 立場的には、あたしが守る側なのに。



「昨日、オレがいなかったら……鈴菜が困ってた。いつまたああいうことになるか、わからない」


 確かに、翔先輩が来なかったら、もっとあたしはまずい状況だったかもしれない。
 だけども。


「それに、鈴菜言ったじゃん。『あたしがもっとピンチになっても助けられるようになってください』って」


 言ったけども!


「だからと言って、無理をしたら本末転倒です!」
 思わず大きくなったあたしの声に、遊んでいた小学生たちがびくっと反応する。


「どうしたんですか急に! 確かにあたしは翔先輩に強くなってほしいですけど、無理しろとは言ってないです! ちゃんと翔先輩の様子を見ながらやってるんです!」


 あたしはきついことを課したかもしれない。
 けど、翔先輩が本当にやばそうになったときは止めるつもりでやってる。


 何しろ学校で普通の授業を受けられるまでに回復したとはいえ、翔先輩は未だ通院を続ける、病気持ちの人間なのだ。



 それに、翔先輩が危ないことになるのを、見たくない。
 自分のことのように、悲しくなる気がするから。



 もちろん何度でも立ち上がろうとする翔先輩はすごい。
 強くなりたいという覚悟がひしひしと感じられる。


 実際とは逆だけど、あたしを守りたいって言ってくれたのも、もちろん嬉しい。



 だけど、そのために必要以上に苦しんでほしいなんて、思ってるわけがない。


 頑張ってる翔先輩がつらい目にあうのは、嫌だ。



「うん。鈴菜の協力には感謝している。けど、昨日思ったんだ。やっぱり急がないとな、って」


 翔先輩の顔が、またキリッとなる。
 ダメだ、その顔をされると、あたしの心が逆らえない。



「そうしないと、あのかっこいい鈴菜が、もう見られなくな……」
「あぶなーい!」


 思わず翔先輩の顔を見てしまっていたあたしは、その時気づかなかった。
 遊んでいた小学生たちの投げた野球ボールが、翔先輩めがけて飛んできたことに。


「翔せんぱ……」
「何、どうしたの……」



 ゴン



 バタッ



「……先輩!!」


 後頭部への直撃を受けた翔先輩は、そのままうつ伏せになって動かなくなってしまった。