矢吹くんが甘やかすせいで

矢吹くんに自分の正直な気持ちを伝えてから、私は心が軽くなった。

うまく言葉にできないけれど、矢吹くんとようやく同じ目線に立てた気がしたんだ。

あれから矢吹くんとは毎日のようにやりとりをして、お互いが同じタイミングで家にいるときは窓越しに話したりした。

デートの回数も増えて、私たちはまさに順風満帆だった。

 * * *

六月に入り、衣替えが終わった頃、私のクラスに転校生がやってきた。

この時期のこの学年での転校は珍しいので、何かよほどの理由があるのだと思った。

「ほら、挨拶して」

「…作間凛太郎(さくまりんたろう)。よろしく」

そう言って彼がマスクを外したとたん、教室中がどよめいた。

私だって驚いた。だって、彼の顔は…。

転校生はきょろきょろと教室を見渡すと、私を見つけてにやりと笑った。

「いた。妃奈」

えっ。え、私?!いや、それよりも…。

「矢吹くん?」

そんなはずはないとわかっていながらも、そう問わずにはいられなかった。

「残念。俺は秀じゃない。秀は俺の従兄弟」

え…?うそでしょ?

この人が、矢吹くんの従兄弟?!

矢吹くんにそっくりな顔立ち。矢吹くんとの違いといえば、彼は漆黒の髪を持っていることくらいだった。

そして彼は、教室中が凍りつくような衝撃的な一言を放った。

「俺は秀から奪いにきたんだ。お前をな」

 * * *

「ちょっと!どうしてあんなこと言うんですか!しかもクラス全員の前で…信じられない!」

朝のホームルームが終わり、私は作間くんを廊下の端へ連れて行って問い詰めた。

「大体、私が矢吹くんの彼女だってことをどうやって知ったんですか?私たち、初対面ですよね?」

そう言うと作間くんは一瞬驚いた表情を見せて、ぽつりと呟いた。

「…本当だったんだな」

「え?何ですか?」

「いや、何でもない。ただの独り言」

すると作間くんがいきなり私の手をとり、ずんずんと歩き出した。

「な、何?ちょっと!」

私が振り払おうとしても彼の力が強すぎて、引っ張られるばかりだった。

抵抗することを諦め、私はわけも分からないまま作間くんについていく。

…それにしても、さっきの言葉はどういう意味なんだろう。

一体何が"本当だった"?わからない…。

──ドンッ。

「痛った…ちょっと、急に止まらないでください!」

前を歩いていた作間くんがいきなり足を止めたので、私はもろに彼の背中にぶつかった。

「なあ」

「はい…」

作間くんがゆっくりと振り向く。真剣な顔で、彼がこちらを見る。

「お前、俺の女にならねえ?」

「…は?」

本当に…さっきから、何を言ってるの、この人は!

「ふざけないでください!私の彼氏は矢吹くんで、私は他の人になんて興味ありませんから!もちろんあなたにも!」

そうまくしたてると、作間くんは一瞬悲しそうな表情をした…ように見えた。

でもすぐにさっきまでの薄い笑いを浮かべて、私の頬を片手で挟む。

「面白えな、お前。やっぱり俺の見込み通りだ」

「ちょっと…!やめてください!」

作間くんの手を引き剥がそうとしても、作間くんの大きい手はびくともしない。

「決めた。やっぱりお前は俺がもらう。秀にはもったいねえ」

そう宣言すると、作間くんはようやく私の顔から手を離してくれた。

「じゃあな。明日から覚悟しとけよ」

作間くんはひらりと薄手のパーカーを翻し、教室へ戻っていった。

「何なの…あの人…」

私はその場で崩れ落ち、心配して様子を見に来てくれた佳音に声をかけられるまで、体が動かなかった。