あの失恋から季節は一つ過ぎて、私は高校二年生になった。昨日は新入生の入学式があり、在校生は休日であったが、今日はそうはいかない。一昨日は始業式で一応学校に行ったが、一日休みを挟んでも春休み明けの学校というものは実に体が怠い。理由は簡単、春休みの大半を失恋の悔しさや悲しさで泣いて過ごしたせいである。スキンケアを少し怠ったこともあり、顔が少しカサカサだ、本っ当に最悪だ……。オマケに昨日はゲームを徹夜していたこともあり、寝不足である。友達にオススメされたゲームが意外と面白くて……、あはは、やっちゃった……。
授業中はしっかりと寝ないように脳と格闘していたこともあり、現在私は探偵部の部室で机に突っ伏して目を閉じている。辛うじて寝ていないだけ、偉いと思って欲しい。探偵部は基本、学校の生徒の相談事などを受けているが、今日は新入生も入ってきたばかりなので依頼が来ないことは当たり前である。まぁ、言ってしまうと暇だ。てか、探偵部に入部してくる一年生いるかな、変わり者しかいない気がする……、うわー先が思いやられる……。そんなことを考えていると、私の頭上から誰かが声をかけた。
「蕾《つぼみ》さん、具合でも悪いのかしら?」
私はチラッと顔を上げると、そこには心配そうに私を見ている同級生の大園 咲和《おおぞの さわ》ちゃんがいた。咲和ちゃんも同じ探偵部に所属している子だ、女の子らしくて普通にいい子である。まぁ、ちょっと癖が強いが……、それは置いといて、私は体を起こすと何も心配いらないという風に「大丈夫だよ、ちょっと眠いだけ」とヘラヘラと笑って返した。それに咲和ちゃんは「良かったですわ、体調には気をつけるのよ、王子様も不健康の女の子より健康的な女の子を好きになると思うから」と女の子らしい可愛い笑顔でそう言った。
そうなのだ、咲和ちゃんは少しいやだいぶ王子様という空想のものを現実に望んでいるという、お姫様ガールなのだ。確か探偵部に入ったのも、王子様を見つける為と言っていたっけ。いやー、夢に忠実なのはいい事だよね。いつか咲和ちゃん姫を愛してくれる白馬の王子様に出会えるといいね、私は応援してるよ。
「それにしても、蕾さんその髪の長さも似合うわね、でもどうして切っちゃったのかしら?」
咲和ちゃんの思わず問いかけにピクっと肩が飛び跳ねた。いやまさか、そんなピンポイントで聞いてくるとは……。咲和ちゃんは不思議そうに私を見つめて、私はどう答えようかと視線を宙に泳がせる。いや別に教えてもいいけどさ……、なんというか、勇気いるじゃん?それにそれを知ってしまった咲和ちゃんが髪について触れてしまったことで気に病みそうというか……。えー、どうしよ……。私は答えようかと口を開いたり閉まったりと、金魚のように口をパクパクさせていると、
「篠森《しのもり》さんの花は枯れてしまったんですよ」
部室の一番高そうな席に座っている、この探偵部の部長が口を開いた。部長の名は青木 哉円《あおき やまと》去年からこの探偵部を仕切っている人である。部長は大人っぽくて、The部長って感じだし、私は尊敬しているのだが……、
「部長、それどういう意味なんですの?」
と、このように、部長の言葉は普通に理解に苦しむ。ほら、咲和ちゃんが首を傾げて未だに頭にはてなを生やしているじゃないか。普通に誰でも分かるように喋ってくれ、遠回しにしなくていいから。それに、部長の言葉って深いようで浅いんだよな……。せめて深いように見せるなら、内容も深くしてくれ。
でも、この場で部長の言葉を分かっているのは私だけだろう。てか張本人だしね。……ん?なんで部長は私が失恋したこと知ってんの?え?怖っ……。普通に怖いんだけど、部長ってさ、何考えてる分からないし、誰も知らないこと知ってるからさ、私は超能力でも持ってんじゃないかと思うんだよ。あと普通に地球人じゃない説?ま、まさかね……、いやありそうなのが何とも言えない。あと、『いい加減咲和ちゃんに教えてあげなよ、言い出したの部長なんだからさ』っという視線を部長に送る。部長は、私の意図が届いたかは知らないが、「やれやれ仕方ないですね」とオーバーリアクションを取ったあと、口を開いた。
「篠森さんは失恋したんですよ、この間」
部長がそう言うと、この部室の空気が一瞬震えた気がした。咲和ちゃんは言わずもがな「蕾さんが、失恋?……え?失恋って何だっかしら……」と失恋の定理を追求し始めていた。そうだよね、咲和ちゃんのお姫様辞書に失恋なんて言葉ないもんね。動揺させてごめんね、あとで最近人気のカフェのスイーツ奢ってあげるよ。そしてここは部室、当たり前に他の部員がいる訳であって……、
「蕾ちゃん!失恋したの!?大丈夫だよ!僕が慰めてあげるから!」
「お前マジか……、好きな人いたなんて知らなかったんだけど」
「蕾ちゃん大丈夫なのです!失恋した男のことなんて忘れましょう!私がついてますよ!」
上から順にこの探偵部のマスコットキャラクター的な宇佐見 蓮《うさみ れん》。マイペースで無気力系男子の瀬戸 光希《せと みつき》。三年生の先輩でただの馬鹿の小川 結愛《おがわ ゆあ》さん。この三人が唐突に私に迫ってきた。いや、押しつぶされるわ。宇佐見は相変わらずうさ耳のフードを被って、よしよしと私の頭を撫でてくれる。男だけど、宇佐見可愛いから、なんか役得かもしれない。瀬戸は「おまっは?え?恋できたの?」みたいな顔で見てくるけど、全部声ダダ漏れだかんな、あとで覚悟しろよ。結愛先輩は私の両手を握って、「蕾ちゃんを好きにならない男なんて、馬鹿なのです!私がボッコボコのギッタギタにするのです!その男、どこにいるんですか?」と光のない瞳で問いかけてくる。いや怖い怖い、気持ちは有難いけど、彼奴のことボッコボコのフルボッコだドンしたら捕まるかね。今のうちにやめとこ、脳内で倒そうか。
「もう吹っ切れてるから大丈夫だよ、ほら、髪も切って気持も捨てた的な?」
私がそう笑って返すと、三人は一応落ち着いたみたいでホッと安心した顔をしていた。三人が落ち着いて良かったと思った私に宇佐見は「無理しないでね」とキューティクルな上目遣いでそう言った。私は思わず「ぐはっ」と可愛さの暴力に打ちのめされた。いやこれは宇佐見が可愛すぎなのが悪いんだよ、女子より可愛いって何事。もうね、可愛い人間ランキング一位は宇佐見に決定だね。そんなことを思ってると、瀬戸が私の頭にポンッと手を置いて不意に優しく「沢山泣けたか」と聞いてきた、思わず鼻がツンとして目頭が熱くなったが、今ここで泣いても困らすだけだと分かっているので、それを振り切って私は顔を上げて瀬戸を見ると「うん、いっぱい泣けたよ」と精一杯の笑顔でそう返した。瀬戸も「そうか」とだけ返して口角を上げた。
「結愛先輩もありがとね、次彼奴に会った時一発殴るよ」
「それがいいなのです!」
結愛先輩も嘘偽りのない笑顔はこちらも笑顔になってしまうほどの力を持っている。私が笑うのは今が幸せだからだ、この探偵部は本当に心地がいい。ちょっと癖が強めな人が多い気もするけど、みんないい人たちばかりだ。私は今を生きている、過去なんて一々見てらんない、大切なのは今だから。私は未だにお姫様辞書から失恋を探している咲和ちゃんに近づいた、
「咲和ちゃん、あとで最近人気のカフェのスイーツ奢ってあげるよ」
「え!いいですの!?でも、最近食べ過ぎな気も……」
体重のことを気にしている咲和ちゃんに私は「王子様はよく食べる子が好きなんだよ、知らなかった?」と耳打ちする。そうすると、咲和ちゃんは「そうだったのですね!では、お言葉に甘えて」と可愛らしい笑みを浮かべて誘いを受け取ってくれた。私と咲和ちゃんの会話が当然聞こている部員のみんなは、「僕もスイーツ食べたいなー!」と宇佐見がとてとてと私の横に来て一緒に行きたいと主張する。当然断ることなんてなく、「いいよ宇佐見も行こっか」と言うと「わーい!何にしようかな〜」とスイーツのことを考えている。うん、可愛さ天元突破。私が「瀬戸と結愛先輩はどうする?」と二人に問いかけると、瀬戸は「俺は……、行くか、最近糖分足りてないしな」とペットボトルの水を飲みながらそう答えた。結愛先輩は「私もいくのです!スイーツ楽しみなのです!」とノリノリだ。
チラリと何か言いたげな部長を見る。部員のみんなは今はスイーツのことで部長のことをすっかり忘れているらしい。なんとも部長たるものが忘れられるとは……。可哀想に、まぁ、そんなに私は鬼ではないのでね。私は部長に声をかけた。
「部長は最初から行く人に入ってますよ、だって部長甘党ですもんね」
「はぁ、置いてかれるかと思ってヒヤヒヤしましたよ」
相変わらずオーバーリアクションな部長に苦笑いする。部長が甘党なのはここの部員全員が周知の事実だ、部長ってよく部室で何かしらスイーツ食べてるしね。知らない方がここでは難しい部類に入るだろう。さぁて、そろそろ入部希望者の一人や二人はやってくる頃じゃないかな。今はここにいない三年生の先輩三人ほどが探偵部の宣伝をしてくれているだろうからね。なるべく大人しくて良い子が入部してくれますように……!

