幼い頃から少女漫画のヒロインに憧れを抱いていた。別にヒロイン自体が好きな訳ではなく、運命の王子様に出会えるヒロインが羨ましいと思っていた。少女漫画の世界なのだから、かっこよくてイケメンな男性と結ばれるのは当然とも言えるだろう。だけれど、運命的な出会いを果たして恋に振り回されるヒロインが魅力的だったのは確かだ。ヒロインは可愛いのが当たり前と思うだろう、けれど、最初から完璧な人間なんていない。ヒロインもヒロインなりに頑張っているのだ、でも、矢張り私はヒロインを羨ましく思う。だって、少女漫画は確実にハッピーエンドなるのだから。最初は挫けていても最後には幸せに笑っている。……そんなヒロインが羨ましくて妬ましくて仕方ない。だって、私は……
──────────ヒロインにはなれないから。
恋で人は変われるっとある人はそう言った。私も確かに恋で自分は変わっていった、好きな人のタイプになれるように努力は怠らないし、猫被りなんて日常茶飯事。好きな人に良い自分を見せたくて、見栄を張ったり、苦手なことも負けずに挑んだりした。昔の自分からは考えられない程、私は変わっていった。好きな人も私の成長に気づいて、よく褒めてくれた。それでも私は貴方の為に頑張っているんだ、とは言えずに。
好きな人とは幼馴染であった。たまたま家が近くて、幼稚園から中学生までは一緒でお互いを親友と認めあっていた。幼馴染が私のことを好きじゃないなんて、最初から分かっていたはずなんだ。友達としか見ていない、そんなの分かってる。でも、好きなんだ、どうしようもなく彼奴が好きだった。だから、振り向いてくれるように、女の子として見てくれるように、努力は尽くした。それでも、幼馴染は私の声には応えなかった。
諦めたくない、諦めたくなかった。ずっと好きだったんだ、愛してたんだ。諦めてたまるか、そう私は思って、めげずに彼奴が振り向いてくれるように……、精一杯頑張ったんだ……。
そんな私の願いは、高一の終わり、雪が熔け始めもうすぐで春がやってくるという時期に砕け落ちた。彼奴からのたった一言で、私は暗い暗い底の見えないどん底に突き落とされたんだ。
その日はたまたま彼奴と久しぶりに会えるということになり、ウキウキとお洒落をして、彼奴の口から「可愛いね」と言わせる為に身支度には時間をかけた。久しぶりに会った彼奴は相変わらずかっこよくて優しくて、私の理想の王子様のままだった。軽く挨拶を交わして、ショッピングモールで雑貨屋さんや本屋などを回って行った。まるで、本当に恋人のデートみたいで私は浮かれていた。だって、この瞬間がとても幸せで終わってしまいたくなかったから。
日が暮れ始めた頃、もうそろでお開きか……、なんて悲しくなる心に喝を入れて最後まで楽しもうと口角を上げた。ショッピングモールからの帰り道に彼奴が「公園によっていかない?」と提案を出したから、私たちはブランコすらない小さな公園のベンチで昔の話に花を咲かせた。あの時、こうだったね、とか、あれは失敗したな、とかお互いに笑いあって、私はまたこの瞬間が続けばいいのにな、なんて思ってしまった。それが良くなかったのだろうか、彼奴は唐突にこう言った。
「俺、彼女出来たんだ」
理解したくなかった。耳にはちゃんと届いている、でも、頭が理解するのを拒否した。だって、こんなのあんまりじゃないか。私は10年以上も想い続けていたのに、パッとでの女に取られるなんて。そんなの……、私が醜くて仕方ないじゃないか。自分が可哀想で可哀想で、この時は自分のことが他人事のように思えた。いっそのこと、この場で泣いてしまえば楽になれたのかもしれない。声が枯れるほど大声を上げて泣いてしまいたかった。でも、出来なかった、だって、彼奴があまりにも幸せそうな顔でそう言うのだから。泣くのを我慢せざるを得なかったんだ。私はあの時、上手く笑えていただろうか。しっかりと親友の慶事を祝えていただろうか。あの日の記憶はあまり残っていない。彼奴のあの一言から、私は今まで積み上げてきたものが何もかも崩れ落ちる音がしたんだ。胸が空っぽになり、空洞が空いた。その穴を埋めようにも、いくら代わりのものを入れてもその穴が塞ぐことはなかった。
でも、良かったんだ、叶わない恋をしていたんだから。その恋を諦めるきっかけが出来ただけだ。潔く私はこの恋を終わらせよう、そうした方が自分のためにも、彼奴のためにもなるんだから。誰かが諦めなければ、誰かは幸せになれない。勝ち負けと同じだ、負けた人がいるから勝った人がいる。じゃあこの場合、私は負けたんだな。あー、悔しいよ、悔しくて仕方ない。涙が止まることを知らずに流れる、悲しくて、切なくて、いっそ死んでしまえば楽になるのかな、なんて思ってしまうほど、私は彼奴がどうしよもなく好きだったと思い知らされる。こんな屈辱は人生で初めてかもしれない、後悔は後を絶たないけど、これで良かったんだと私は思う。私が彼奴に気持ちを伝えていたらと思うと、怖くて仕方ない。私と彼奴との親友関係を終わらせることほど怖いものなんてない。それに、私は彼奴の彼女になれなくても、親友という立場になっているだけで十分幸せだ。彼奴の目には、まだ私が写っている、それだけで……、それだけで、こんなにも嬉しいんだから。この目から流れる雫なんて無視しよう、私は笑顔が似合うんだ。彼奴が昔から褒めてくれたことだから。私は笑うんだ、だからさ、もう、悲しくなんて……、ないから……!
私はもう彼奴のための努力する私じゃない。私の分も彼奴を愛してくれる人がもういるんだから。私はもういらない、彼奴はもう私を女としては愛さない。分かっている、分かっているけど、もし、この未来で、また彼奴は私を見てくれるかもって思うよ……。でも、そんなの、一度負けた私が望んでいい事じゃない。それに、もう一度負けるなんて私が耐えられない。だからさ、いい加減もう前向くよ。彼奴が好きだった腰まである長い髪は肩までバッサリと切るね、それと彼奴の隣に入れるように真面目で良い子だったけど、もう猫を被るのはやめる。これからは、自由な私でいるよ。本当は甘いものは苦手だし、勉強も得意な方じゃない。全部、全部、彼奴のためにやっていたことはやめる。本当はさ、私が彼奴のために頑張らなくても、彼奴は私のことを見放すことなんてしないって分かってた。でも、私はそれ以上を望んでしまっただけなんだ。だから、こんな私を嫌いにならないでね。彼奴のことは好きだよ、勿論友達としね。もう吹っ切れてるから、大人になって、実は私彼奴のことが好きだったんだって言えるぐらいには過去の話にしてやるんだからね、待ってろよ。彼奴よりいい男を捕まえて、自慢してさ、私の方が幸せだって、言ってやるんだからな……!
──────────私の目からもう涙は流れなかった。

