世界はそれを愛と呼ぶ




「─相馬。水樹(ミズキ)と氷月(ヒヅキ)の気持ちを決めつけるのはやめなよ。それは、ふたりに失礼だ」

「…………よく分かったな」

違う、と、否定しようと思ったが、長い仲である彼に下手に嘘をついても面倒くさいので、認めることにした。
すると、彼は小さく微笑んで。

「当たり前だよ。ずっと、そばに居たんだ」

「……」

甲斐は相馬が4歳の時に、御園家にやってきた。
当時、相馬が4歳で、甲斐は12歳。
彼の兄である相模(サガミ)が15歳になり、未来の主であった薫(カオリ)─当時3歳─と顔合わせをしたからだ。

それに合わせて、甲斐も相馬の元へやってきた。
甲斐は男性なのに女顔で、細長い面はまるで氷のように動かない。静かで、気配がなくて、心地良かった。

母が泣いて喚いている家の中で、甲斐の傍はいつも穏やかで、静かで、よく眠れた。
─まあ、6歳の冬に寝ている最中に、母に首を絞められてからというもの、うたた寝すら出来なくなったが。

「……勉強は、好きだったよ」

「うん」

「知識を詰め込むのは苦じゃないし、今も好きだ」

「うん」

「……別にもう、あの人に認められる為だけじゃない」

相馬は幼少期、兄弟の中で自分だけが愛されない事実を、受け入れられなかった。同じ父と母を持つのに、どうして、どうして自分だけが、と。

今思い返せば、純粋だったと思う。鼻血が出ても本を読み続け、眠らず、何故愛されないのかと泣いていた時期。

成果を出せば、褒められると思っていた。抱き締められると。頭を撫でて貰えると。でも、違った。

だってそこにいるだけで、笑うだけで、相馬が望む全てを与えられていた兄弟がいたのだから。

─でも、当時の自分は分からなかったのだ。

「……休むか」

別に今、酷い顔色をしているとは思わない。
無理しているとも思っていない。
でも、当主になってしまった以上、今を逃したら、死ぬまで、相馬は休む機会を失うだろう。

まだ成人前だから、と、待ってくれている取引相手は数え切れないくらいいるのだ。

「姉さんがあそこまで言うってことは、本当に俺がひとりで抱え込み過ぎてたんだろうな」

「そうだね。休もう。相馬」

「……言っておくが、最低限は、仕事するぞ」

同意されたが、正直、仕事以外で何をしていいのか分からないので、少し抗うつもりで言うと、甲斐が笑った。

「うん。それでいいと思うよ。相馬なりのやり方で」

─昔は無愛想だった甲斐は、彼の婚約者に相馬が会った日を境に雰囲気が変わり、昔以上に穏やかになった。
甲斐曰く、相馬には分からない何かがあったらしい。

それからというもの、相馬の言葉や意思を尊重しつつ、どんな事でも寄り添おうとしてくれる甲斐には感謝している。どこまでもついてくるし、それが仕事と言われれば、それまででしかないけれど。

家族との関係が何とも言えない相馬からすれば、甲斐はもうひとりの兄のようだ。

「─あ、仕事の振り分け、手伝ってくれよ」

「俺に出来ることならね」

穏やかで、静かで、優しくて、心地の良い時間。
昔から何も変わらない彼に、
「寝られなくなるぞ」と、相馬は笑った。