世界はそれを愛と呼ぶ




「─今回は、京子様の意思を汲むの?」

天宮家に向かう、道すがら。
車の後部座席で外の景色を眺めながら、意味もなくぼーっとしていると、運転手の千羽甲斐(センバ カイ)が聞いてきた。

「姉さんの意思を汲むというか…………なぁ、甲斐」

「何?」

「俺って、人生つまらなさそう?」

「どうしたの、突然」

自分の人生に対して、特に感情を抱いたことがなかった。
楽しいとか、つまらないとか、そんな考えに至ることもなかった。何より、そんな暇もなかったから。

相馬が甲斐の不思議がる声に何も答えないでいると、甲斐が困ったように笑った。

「─…まぁ、確かに相馬は同じ年齢の子達と比べれば、全てにおいて優れているし、落ち着いているなと思うよ。普通、18歳は学業優先だしね。友人と放課後遊んだり、テスト勉強したり、世間が青春って呼ぶそれが、京子様から見たら、相馬には足りないのかも」

「いや、そんな生活、御園の人間である以上、無理だろ」

「そうだね。御園出身の人間には難しい。御園は何でも揃っていて、憧れる人間もいるけど、実際はそんなに良いものでもない。何でも手に入るはずの当主ですら、普通の細やかな幸せすら望めない」

─御園家は、長い歴史を持っている。
その歴史は太古まで遡り、皇家よりも古い血筋だと言われている。もはやひとつの街とも言えるほどの強大な屋敷と膨大な資産を抱え、抱える事業の数は数え切れず。

国内全ての企業が突き詰めれば、御園に通ずる、と言われる程の力を有する御園は、海外でも名を轟かせている。
その為、御園の全てを当主ひとりが管理するというのは物理的に不可能であり、身内で仕事は分散している。

しかし、その統括とも言える仕事も当主の務めである上、本来の仕事に加え、統括業務もこなさなければならないため、御園の当主たる相馬は基本、常に時間に追われる生活を送っていた。

「大体、相馬だから、そういう生活を望めないだけだよ。本来なら、学校に通うことすら不可能だ。寝る暇もなく、移動中ですらも何かをしていないと間に合わない」

「?、でも、お祖父様は……」

「陽介(ヨウスケ)様には、奥方の千波(チナミ)様がいらっしゃるでしょ。夫婦で分け合っておられたし、何より、千波様が戻られる前までは、そこまで事業を広げていなかった」

「俺だから、というのは?」

「理論上、本当にどんな生活しているのか聞きたいくらい、相馬の仕事量はおかしいんだよ。最近は寝てるの?」

「……人並みには?」

相馬は自分自身が休む時、誰1人近づけない。
自分の部屋にすら、厳重な結界を張って休むほどだ。

当主という立場上、常に護衛はついているが、別に相馬自身、暗殺が怖いわけではなく。
単純に、幼い頃にあった事件から、落ち着かない。
─否、怖い、とも言っていいのかもしれない。その感情がどういう感じなのか、分からないけれど。

「ちゃんと、6時間は休んでね」

「わかってるよ」

─相馬は、先代当主の第3子、次男として生まれた。
第1子であり、長男である兄は生来病弱であり、相馬が幼い頃、突然行方不明になった。

その少し前には先代当主である父も行方知れずとなっており、兄がいなくなる少し前には、母が自殺した。
当主(父)、当主夫人(母)、有力後継者(兄)の順で、御園は本流を失った。

『お前さえいなければ』

……両親は、恋愛結婚とは言えなかった。
いとこ同士であり、とある事故で一緒になったふたりだった。否、事故と言っていいものか分からない。
父は母に嵌められた。そうして生まれたのが、兄だった。

正直、御園は狂っている。長い歴史のせいもあるが、長く続く家には秘密があると言うべきか、本当に狂っている。

相馬自身も、己が狂っていると思う。化け物だとも。
相馬を化け物だと、偽物だと呼んだ母は間違っていなかったと思う。
─この家のせいで気が狂っていた母は、最期まで相馬を呪いながら、自ら、解放される道を選んだ。

(可哀想な、人だった)

母が死んだのは、5月だった。5月の、相馬の誕生日。
相馬が、8歳を迎えた誕生日だ。あれから、10年。

長かったような、短かったような。
相馬の下には双子の弟がいるが、その双子から、相馬は母を奪ってしまった。
ふたりは愛されていたのに、相馬のせいで。