世界はそれを愛と呼ぶ




「戸籍をなくしてしまえば、彼女を探す人は、狙う人間はいなくなるので。最大限の自由と安全を奪う代わりに、彼は最大限の愛情と庇護を与えられる環境を優先した。話を聞くと、かなり猜疑心が強い方だったようで」

「相変わらず、お前優秀だな。─大体、相馬の言う通り。俺は生まれた時、出生届すら出されていなかった。だから、当たり前に小学校入学案内なども届くはずなく、そもそもこの世界に存在しない子供だったから、母とふたり、閉塞的な空間で生活する日々だったから、子供の頃の俺は大人しくて、静かだった。父に命を狙われるようになってからは、こんな風になったけど」

健斗さんは笑う。
そして、麻衣子さん達4人は置いてけぼり。
詳しい事情も何も知らないのだから、彼らがいくら頭が良くても話の発展はしないだろう。

「もしかして、健斗さんが子どもをいらないと言ってたのは……」

「一言で言えば、愛し方が分からないから。父親があれだから。それでいて、母親は俺を大切に愛してはくれていたんだろうけど、果たしてその愛が正しいものだったのか、俺には分からなくて。ほら、父そっくりだし」

その見目は、彼が自嘲するほどに似ているのだろう。
それでも、沙耶が今存在しているのは。

「だから、ユイラが妊娠したと聞いた時、ユイラに負担をかけてしまっている事実と、俺らしくなく不安と、同時腹ん中が擽ったい感覚を覚えて。生まれてきたあいつを見た時、何がなんでも守らなきゃって思えて、あれが親としての愛情かな〜なんて思いつつも、俺の子だから、縛り付けても良いことはないし、仕事的に付きっきりは難しいし、なんて。そんな生活を続けていたから、沙耶の苦しみにも気付いてあげられなかったんだけど」

はぁ、と、健斗さんはため息をこぼし、

「という訳で、ある程度落ち着いている一方、俺、今、かなり腹が立ってる。なぁ、相馬。あの嬢ちゃんはなんて言ったんだ。柏原家が消されていたことが、今更、俺達に何の関係があると言うんだ?」

─彼の瞳には、怒りが孕まれていた。
確かに、母親の実家が世間から消えている。
彼からすれば、それがどうしたという話だろう。

特殊な結婚生活だった?
それも、互いが納得したものであったならば、その結末がなんであれ、健斗さんは何も言うことがないはず。

じゃあ、敢えて、フィーがその言葉を相馬に伝えた理由は。