世界はそれを愛と呼ぶ




「─沙耶」

健斗さんと沙耶の間にある机の横に立ち、沙耶の俯く顔を覗き込む。

沙耶は目を瞬かせながら顔を上げ、相馬を見た。

「話したくない?話せない?それとも、話す勇気がない?」

相馬が口を挟むのも違うとは思ったが、廃墟に足を踏み入れている間も、何度か、沙耶は相馬を気にしていた。

中に足を踏み入れた時は震えていて、牢に入れられていた彼女たちを見た時は、必死に泣くのを我慢していた。

健斗さんたちが語るように、彼女は本当に優しい人間で、だからこそ、自分自身の限界を無視してる。

「………沙耶が、本気で“これ”を望むなら良いよ」

相馬は気持ちの悪い手紙を見せながら、問う。

「でも、お前はこの家で愛されて、とてもとても大事にされて育った自覚があるだろう?そして、それを許せない自分がいる。違うか?」

沙耶の目が見開いて、それを真実だと語る。

「どうして……」

どうして、なんて、それは、それこそ気持ちが悪い話だが、先程、暫くの間、抱いていたからとしか言えない。
尤も、抱いていたからと言って、彼女の感情の全てを知れる訳では無いが、番という本能ゆえか、それとも、相馬の非人間たるもののせいか、はたまたその両方か。

「ハルのようになりたい、ハルが羨ましいと、お前は言った。同時に、『今はまだ消えられなくなった』とも」

「っ、沙耶!」

その言葉から拾えるのは、『今は消えるつもりは無いけれど、消えられるようになったら、消える』だろう。

それを読み取った護衛のひとりが声を上げる─確か、先程、櫂が言っていたハルの本物…黒宮千春だ。

その声にビクッ、と、身を震わせる。
その震える肩に触れて、相馬は言葉を続けた。

「自分を殺さない方が良い。この手紙とお前の言葉から察するに、期限は高校卒業か?─本当に気色悪いな」

「……」

その手紙を大まかに纏めると、

【沙耶は死神で、だからこそ、家族に害をなす存在でしかなくて、でも、私(手紙の主)は優しいから君を娶ってあげる。君が高校卒業する頃、迎えに行くから、すぐに玉のような可愛い女の子を作って幸せになろうね】である。

─ああ、気持ち悪い。
でもこれも、ある程度緩和してまとめた文であり、本物はもっと長ったらしく、気持ちが悪い。

「沙耶」

相馬がもう一度名前を呼んだ時には、健斗さんは既に沙耶の手を離していて、沙耶は俯いたまま、誰も何も言わず、ただ、沙耶を見ていて。

沙耶は震える声で、俯いたまま。

「…………隠していたのに」

と、呟いた。