「─どうぞ〜」
普通に開いた。
まるで、友人を迎え入れる家主のように。
顔を出した女性は黒髪で、優しげな風貌をした美人。
「いらっしゃい。あ、この国の言語で良いよね?それとも、英語がいい?私はイタリア生まれなんだけど」
美人は沙耶たちを迎え入れ、席を勧める。
そして、彼女専用だと思われる椅子に腰をかけると、
「お話しましょ♪」と、楽しそうに笑った。
「断る。外に出るぞ」
「あら、もうおしまい?軟禁期間、短かったわね」
彼女は平然としているが、窓ひとつない真っ白な部屋の中。あるのは簡易型のベットと、椅子のみ。
スマホなんてものはなく、玩具も、本もなく、あるのは真っ白のだだっ広い空間、扉はひとつの、防音部屋。
気が狂っていないことが奇跡だとも言える彼女は一体、どれほどの期間、ここで過ごしていたのか。
「ん〜、大体、2ヶ月、かしら」
─なぜ、その期間を過ごして、平然としていられる?
「……何を、していたの」
「えっと、普通に過ごしてたわ?」
「ご飯、とか」
沙耶は自分の声が震えるのを感じた。
沙耶は耐えられなかった。幼い頃、暗い部屋で。
過去の記憶がフラッシュバックして、目眩がする。
「……怖く、なかったの?」
相馬が抱えておいてくれなかったら、多分、今、座り込んで動けなくなっていた。
沙耶の言葉に、美人は微笑んだ。
「実はね。こうなることは、ある程度予測していたの。奥様から話を聞いて、腹が立って、だから、私はこの国まで来たの。可愛い妹の未来を守る為、というと、少し聞こえが良いわね。家族を守るため、奥様の大切なものを取りに来たの。あと、純粋に、貴女が無理をしないか気になって。奥様達も心配していたわ?」
「奥、様……?」
「貴女、イタリアにいたでしょう?向こうで、とある家族と生活していたでしょう。私、向こうで暮らす貴女を見た時、貴女の何かを決意した顔が、追い詰められた人がするような顔をしてて怖くなったの。それを、奥様も気にしていらしたわ。貴女を無理にこの国に帰してしまったんじゃないか、自分は逃げ出したのにって」
「……」
「娘を奪ったこの国を許せなくて、奥様はこの国との縁を切る道を選んだわ。でも、貴女が来てくれた。貴女が生きて、奥様達に会いに来てくれた。奥様達の大切な娘は、きちんと、この国で歴史を紡いでいた。それがどのような形であれ、巡り、貴女が生きるために、守るために、奥様たちを探し当てて頼ってきてくれた事実は、とても嬉しかったんですって。娘のことを何も知ることが出来ずに、ただ、死を受け入れることなんて出来なかったと」
向こうで、良くしてくれたファミリー。
優しくて、あたたかくて、泣いていた奥様─否、西園寺麗良さん。私の、ひいおばあちゃん。
「私ね、ボスの曽姪孫なの。んで、家族全員死んじゃっていないから、今、ボスと奥様の元で生活してる。きちんとマフィアとして育てられたから、こういう部屋で生活することにも慣れてるの」
曽姪孫─つまり、沙耶のひいおじいちゃんの弟の曾孫。
「心配してくれて、ありがとう。沙耶」
遠くても、あの人達の血を引く存在。


