「茉白!」
……ハルはいつ、彼に本名を教えたのか。
それは極秘情報だった。でも、漏らしちゃいけないとかじゃなくて、彼女自身が拒絶していた。
だからこそ、自身を消すことを望んでいた彼女の選択としては珍しいもので、沙耶は驚く。
『あのね、好きな人が出来たの』
帰ってきた日。いっぱい話したよね。
好きな人が出来たって……だから、死なないよね。
『僕が好きになるには、ちょっと恐れ多い人。でも頭が良くて、格好良くてね、優しいんだ。あったかいの。……これね、貰ったブレスレット。本当は外さなくちゃいけないんだけどなあ……』
そう言って、泣きそうな顔で見せてくれた綺麗なブレスレットは、お揃いだったのだろう。
御杜さんの手首にも、同じものがついている。
(好きな人って、御杜さんだったんだね)
目の前の光景から察するに、御杜さんも少なからずとも、好意的に彼女を想っている。
じゃなければ、ブレスレットなんてあげないはずだ。
「─櫂、支えるんじゃなくて、抱き締めろ」
ぐったりとしているハルをじっと見た相馬は、御杜さんにそう指示すると立ち上がり、また、沙耶を片手で抱き上げてくれる。
「……こうか?」
御杜さんはハルを包み込むように横抱きすると、立ち上がる。
「彼女を怒ってやるなよ」
そう言いながら、もっと奥の鉄格子の方へ─……。
「やっぱりな」
相馬はそう呟いて、ため息をついた。
鉄格子の中には、汚れた着物姿の少女。
少し気崩れているが、その佇まいは美しかった。
「“秋”の気配がすると思えば─秋の家の娘か?」
相馬の尋ねに、彼女は目を瞬かせる。
「……これから、君がどのような行動をしたとしても、決して咎めないと約束する」
目を瞬かせて、でも、反応は薄いままで。
沙耶と同い歳くらいの女の子は相馬の口元をじっと見たあと、小さく首を横に振り、その場で静かに土下座をした。
痩せ汚れた身体は、所々、痣があって。
「私の話していること、わかる?」
そう尋ねてみるけど、彼女は顔を上げない。
「…聞こえてないみたいだな。─チッ、どうなってんだ」
相馬はまだ続く鉄格子並びの奥の方を見て、顔を顰める。
そして、彼女が閉じ込められている鉄格子の南京錠と鎖も粉々に壊すと、扉を開く。
そして、彼女の目の前にしゃがみこむと、沙耶を抱えている手とは逆を差し出して、片手で手話を始める。
彼女は最初はよく分かっていない顔をしていたが、それを察した相馬が指文字に変えると、目を見開いて、こくこくと頷く。─伝わったようだ。


