世界はそれを愛と呼ぶ



─相馬に抱かれたまま、足を踏み込んだ初めての空間。

その空間は、どこか威圧的だった。
しかも、有毒ガスが少なからずとも発生しているはずなのに、苦しくも何ともなかった。
それが、相馬が抱いてくれている理由なのだろう。

「あいつどこいったんだよ……」

ハルを探しに先走った御杜さんに愚痴を零しながら、足を進める相馬は、沙耶が想像していたよりもずっと若く、年齢もまさかの一歳年上。

全く気にしたこともなかったから、本当に知らなかったんだが、彼はあの御園の当主と言われても、あまりピンとこないくらい、どこにでもいる青年だった。

─御園家と言えば、国内のみならず、海外でも名を轟かせる、大財閥だ。

その家の歴史は二千年近く前と言われているくらい、国も無視できない存在だった。

あまりの存続の長さに、一部の界隈では人間では無い一族かもしれないと囁かれ、御園家の歴史全貌が記されているという書物が眠る山に忍び込んだものが多くいたが、誰一人として帰って来ないなんて事件を生み出したほど。

その後、名のある学者がはっきりと何度も否定したことで、今はその噂は鳴りを潜めているが、父曰く、そういう噂は定期的に社会を巡り、騒がれるものだそうで、御園本流の人間─確か、相馬の伯父─と友人関係な父は、『大変そうだった』と、自分自身も割と国に敵視されていて、忙しい身の上のくせに、他人事だったことを思い出す。

御園家は政界から始まり、芸能界などに至るまで、どの界隈にも縁ある者がいるくらい、幅広い。
それも全て分家のどれかだという話だから、御園家が『裏で国を支配している』と揶揄されても仕方がないなと、変に納得してしまう。

相馬を見る限り、全く権力系に興味無さそうに見えるが、やっぱり立場的に大変な身の上の人ということは理解できるし、そんな凄い人に初対面の日に抱っこされてるの、普通に訳分からない。

めちゃくちゃ暗いし、あちこちで水音するし、過去の事件であまり暗いところが得意では無い沙耶は、震える身体を誤魔化すのに必死だった。

でも、やっぱり、抱いてくれている人にはバレバレのようで、少し腕の力が強くなったなとか思ってると、

「懐中電灯、やめるか」

そう言って、片手で抱きあげてくれていたのに、そっと、両手に変えてくれる。所謂、横抱き。お姫様抱っこ。

「待って!それはちょっと恥ずかしい!」

「?、でも、暗いところが怖いんだろ」

「怖いけど!えっ、何、御園家ってそういう教育方針……?あ、そっか、婚約者とかもいる家柄……」

「いや、いたことないが。─そうか。家の皆は、みんな配偶者と当たり前にしているから、普通かと思っていた」

目を瞬かせる様子からして、からかっているわけではなさそうだ。

「な、なるほど……周囲がそんな感じなら、そうなるよね……過度に騒いでごめん」

「謝る必要は無いだろ。沙耶がどっちを取るか次第で、抱き方は変えるぞ?あと、普通に健斗さんや勇真さん達もしてるだろ?え、しないのか?」

両親と兄の例を出されて、確かに普通に出掛ける時とかにキスしてんな……とか思ったら、相馬の心遣いの何に動揺して、何がおかしいのか分からなくなりそうになる。

「そうだった……ちょっと離れていたから、忘れてた」

平気で子供の前でもキスするし、抱きしめ合うし、愛を囁き合う両親に、仲良さそうな兄達。……うん、何でこんなに恥ずかしいと思ったのか、分からなくなってきた。

うんうんと自分に問い掛けていると、相馬は少しずつ、足を進め出した。

「え、待って。懐中電灯無くていいのっ?」

怖すぎて、思わず両手でしがみつく。

「あ〜別に、俺は見えるから……でも、やっぱ怖いか」

「うん、ごめん!」

相馬はそう言うと、地面に強く片足を叩きつけた。
というか、踏み叩いた?なんて言ったらいいのか分からないけど、その瞬間、青白い光が先の道を照らすように、一気に灯り、空間は先を見通せるくらいに明るくなる。