世界はそれを愛と呼ぶ



春馬は、”今の自分”と決別しなければならない。
甘やかされ、育ってきた。
逃げたあともずっと、自由にしてくれていた。

これまで甘やかされてきた分、責任を取らなければ。

『春馬さん』

─逃げ出した先で、出逢えた”番”。
幸せにしたいなんて、そんな大それた願いは捨てるべきだ。だって、自分は多くの人を不幸にしたのだから。

頭ではわかっているのに、心がついていかない。
身が引き裂かれるように悲しくて、苦しくて、本能が邪魔をする。

─”奪ってしまえ”と。

(その度、自分に嫌悪するのはもう疲れた)

春馬は、手紙を認めることにした。
会いに行けば、彼女を手放せなくなることがわかった。

彼女はシングルマザーで、ひとりで頑張る人。
花屋で働いていて、暖かくて、春の陽だまりのようで、春馬の心をゆっくりと溶かしてくれた人で。

初めまして、で、妻の墓前に添える花を選んでもらった時、彼女は春馬の中にある妻の思い出を聞いてくれ、それに合わせた花を用意してくれた。

『奥様、きっと喜ばれますよ』

─違う。自分は逃げ出したんだ。
たったひとりで、絶望の中で死なせてしまったんだ。
仮にも、初恋の人だったのに。
彼女が幸せなら、その目に映らなくて良かったのに。

(怖かったから、愛していたフリをした)

結局は、無知な春馬が傷つけた。
相馬が産まれていっそう、変わってしまった彼女への寄り添い方がわからなくて。
家を出てしばらくして、文献を見つけた。

【姫巫女は、鬼帝を産むべきではない】
─それは、妻と相馬のことを表していた。

本能的に耐えられないのだろう、という、先駆者の一文を見た瞬間、春馬は崩れ落ちた。

あの時、死ぬ気で書庫で調べれば。
さすれば、彼女はあんな最期を迎えなかったのでは。

そんなタラレバを繰り返しても仕方が無いことは分かっているけれど、あの時、そんな余裕はなかったと、相志は言ってくれるけれど。

どうしても、なにか出来たことはあったのではないか、と、繰り返し考えてしまうのだ。

そんな自分だから、彼女のことも幸せにできる自信なんてなくて。

なんとも言えない関係だった。
彼女の子どもは少し反抗したい時期で、彼女は笑いながら、困ったように話していた。
言いたいことを言い合って、お母さんを守ろうとする少年の姿は眩しくて、だからこそ、手を伸ばせなかった。

何も言い合わない関係だった。
だから、別に交際関係でもないし、ただの店員と客。

『また来いよ!』

そう言ってくれた少年。
どうか元気で幸せに、笑って生きていけますように。

春馬は自己満足にも近い思いをぶつけるように、真っ暗な部屋の中で手紙を書いた。