「今はもう、帰ってきたんですよね?」
「ああ。あの子は言葉にしないと伝わらない子だと知っていたのに、色々なことがありすぎて、誰もが口を閉ざしたから。そのせいであの子を深く傷つけていたのに。そんなことに気付くのに、長い時間がかかったよ。それだけ、会話が無くなってたってことだけど」
勇真さんは悲しげに笑った後、困った顔をした。
「...彼女が帰ってきたことで、何かあるんですか?」
妹が無事に帰ってきたことは、彼にとっては喜ばしいことのはずだ。彼が妹を大切にしていることは、陽向さん経由で相馬もよく知っている。
「......帰ってきてから、少し様子がおかしくて。廃墟にも、俺達の目を盗んで定期的に足を踏み入れていたみたいだし、帰ってきて早々、唐突に1冊の日記を見せてきて、廃墟に足を踏み入れたい、時間が無いとか言い出しててな」
「時間が無い?」
「ああ。廃墟は無理だ、何があるか分からない、犠牲者の弔いすらまともに出来ないほどに朽ち果てて、1度調べてもらった結果、人間に有害なガスも出ているという話で」
「調べてもらったって、誰に?」
「陽向さんが紹介してくれた、学者。医師の免許も持っているらしく、暫く、この街に滞在してもらってる」
秀でた人間が多く存在する特殊な街に、わざわざ招かれた学者。陽向さんの紹介で、かつ、有毒なガスなどにも興味を示す狂人かつ天才......ひとりくらいしか思いつかない。
「……もしかして、その学者って、御杜櫂(ミト カイ)って名前だったりします?」
「よく分かったな」
「御園が昔から懇意にしている家の人間なので。フリーランスの学者、研究者として、自分の興味があるものを徹底的に調べあげる狂人として、俺達の中では有名です」
しかし、彼は本当に生まれながらの天才だった。
血筋や遺伝がそうさせるのか知らないが、彼は学問以外のことには、基本的に無頓着で興味が薄い。
その分、学問に長けており、幼い頃から理解出来ないものはどのような分野であっても、彼に聞けば解決した。
年齢がそう大きく離れている訳では無いが、師と言われれば、師である相手だったりする。
「医師免許だって、確か、人体に興味を持った時に思いつきで医学部に入って取ったやつです。基本的に無口で、思考回路が謎で、頭の回転がとりあえず早いので、人との会話を好みません。だから、免許は持っているけど、医師ではないはずです。彼の父がかなり奔放な方で、子どものことは自由にさせていた人なので……」
「うちの高校の保健医が弟と聞いたけど?」
突っ込まれて、相馬は苦笑いするしかできない。
─そう、これから相馬が通うことになる高校の保健医は、狂人の弟だったりする。手に職をつけなければならない、と、選んだ先が保健医だったのは酷く謎だが、子供の健康を気遣う前に自身のケアをしろと言われるくらい、顔色が常に悪い男だ。
「狂人の学者に、顔色の悪い保健医……それすらも、『面白くていいじゃないか、うちの息子たち』で終わる方なので、変なのは明らかに遺伝だと思ってます」
「さっきから、めちゃくちゃ言うじゃん。相馬にしては珍しいね。何かあったんでしょ」
「まあ……次男も三男も『面白い息子』なら、長男も同じなわけで。というか、元凶?うちの兄と結託して、よく色んなことをしでかしてました」
「あ〜なるほど。その後始末、相馬なわけだ?」
「ええ。勿論、今もどこにいるかは知りませんが、2人で悪巧みしては、その痕跡を見つけた者から連絡が入り……最初は頭を痛めてましたが、そんなに手のかかる後始末ではないので諦めて、生存確認としてます」
「割り切り過ぎ。もっと平和な生存確認にしようよ」
「無理です。あの二人には」
あの二人に常識を求めることは、とうに諦めた。
数ヶ月前も、御園の管理する山の一部で存在を認識されていた。無事なようで何よりである。
「いや〜、俺達が街へ足を踏み入れたり、定住する許可を最終的に出してるんだけど、なんか、全員癖が強いな」
「まぁ、外の世界ではみ出しものだったとしても、この街は受け入れてくれますから。自然と、変わり者が集まってしまうんでしょうね。でも、とても生きやすい場所です」
「…そう言って貰えると、嬉しいよ」
ささやかな幸せが、形となったら。
きっと、この街のような雰囲気なのだろう。
人としての小さな幸せの積み重ねを、大切に大切に織り重ねていく街の風景は、いつも穏やかで。


