世界はそれを愛と呼ぶ



「……鬼帝になる運命だとしてもね、産まれてきた時は無力な赤ちゃんなのよ。少し早く産まれてくるし、発達も早いわ。歩くのも、走るのも、お喋りも……普通の子どもとは違って、でもそれは、御園家の子どもにはよく見られる現象。でもね、それでも赤ちゃんなの」

「守らなければならない存在……?」

「そういうこと。自分を守らなければならないはずの存在として生まれてきた子が、『お母さん』と言いながら、自分に甘えてくるの。甘やかされるために産んだ子供が、手を伸ばしてくるの。まるで、『お前は私の対では無い』と言うように」

「……」

「姫巫女は、鬼帝のために存在するわ。だからね、私が目覚めたのも、相馬が生まれた時。初めての弟というのもあるのでしょうけど、あの子が愛しくて堪らなかったわ。お母様が泣き叫んで、拒絶したあの子をお兄様に言われるままに抱き締めて、私はお兄様の背に隠れたの。泣く相馬に、『大丈夫。お姉ちゃんが守るからね』と繰り返した夜を、よく覚えているわ」

御園家の子供は発達が早い……それは聞いていた話だが、相馬が生まれて間もない頃といえば、お姉さんは4歳くらいだ。

その年齢で場の把握を含め、赤子を抱けるのは、普通とは違うのだと、証明しているかのような。

「御園家にはね、鬼帝、姫巫女、当主……それぞれになるべき子どもが産まれてくるの。そして、相馬は姫巫女以外、鬼帝と当主となる、極めて稀な立場に生まれてきてしまったわ。御園家では女性を授かるのが稀だし、私もいつかは結婚しなくてはならないから、次期姫巫女に関しては分からないけど……相馬の力は先祖返りを謳われるほどに強いから、多分、貴方が次期鬼帝も、当主も、姫巫女も産むことになるの」

「……」

「相馬の心に辿り着いて、その全てを抱きしめてくれて、あの子があんなにも笑っている姿を見せてくれただけでも有難いのに、この家は貴女にもっと、苦悩を課そうとしているの。……ふたりには幸せになって欲しいから、話しておきたかった。産まなくても、御園家が断絶しても、私達は責めないから。だから、あなたには、あなたたちには、壊れて欲しくないの……」

……自分の母親が狂い、壊れ、最期は。
それを全て見てきた、お姉さんはずっと苦しんでいた。
自分の大切な弟は、今日は壊れていないか。
笑っているか。消えてしまったりしないか。
それは姫巫女としてではなく、たったひとりの姉として、ずっと彼女は苦しんできたのだ。

「お姉さん。……心配してくれて、ありがとうございます。私もそう間に頼られる存在になりたいと、よく思うのですが。お姉さんもよく知っているように、相馬は完璧なんです。ううん、完璧であろうとしているんです。だから、私は何もしてあげられなくて、ただ、相馬を抱き締めてあげることしか出来なくて、それが少し歯痒いですが、ここでお約束します」

自分になにか出来るなんて、そんな自惚れたことは考えていない。
実際、沙耶は甘やかされるばかりで、相馬に何も出来ないのだから。

「─御園家の運命的にどうしても私が先に逝ってしまうでしょうから、代わりに。この息が止まるまで、相馬のそばにいて、相馬の味方でい続ける約束をします」

間違いなく、沙耶は相馬を置いて逝く。
だから、その日、その瞬間、最期の一瞬まで、沙耶は相馬を愛し、相馬を信じていたい。