世界はそれを愛と呼ぶ



裏切り者がいる......その線を考えた時、この街で?という思いを抱いたのが、今も消せない。

何故なら、この街に入る前にはきちんと身の上を調べ上げられるからだ。その為の機関や人も存在しており、元々、ここに住む人々は事件の被害者や遺族ばかり。
─あとは、“外の世界”で生きられなくなったものとか。

だからこそ、裏切り者なんて早々出るはずもないのだ。
手引きするものがいなければ難しいのは事実だが、そのような悪意を持つ人間に、この街は容赦ない。

「穏やかな街だな〜」

水樹は相当気に入ったらしく、楽しそう。
“外の世界”で生活することが、水樹は少し息苦しいという思いがあったらしいから、この街は彼に合うだろう。
“外の世界”で、御園として生きることの息苦しさはよく知っているが、“外の世界”にいる限り、解放はされない。

「きっと、ここに住む人達は皆、優しくて素敵な人達なんだろうね。そんな素敵な街だね、兄さん」

人々が安心して、平和に暮らせる空間を。
笑って、泣いて、人としての尊厳を損なうことなく、普通の人間として、当たり前のことを重ねていける街を。

黒橋家が街を再興する際、望んだ姿。
それがきちんと実現できているのだから、やはり黒橋家の当主である彼は凄い人だと思う。

「......わりと、街の中心部にあるんだね」

「うん?」

考え事から顔を上げると、水樹がこれまで通りすぎてきた家とは比にならない家を見ていた。
4階建ての家で、1階はガレージ。
玄関のある2階に繋がるモダンスタイルの外階段は綺麗に磨かれており、下からでも見えるアンティーク風の大きな玄関扉の周囲では、木々が豊かに揺れていた。

「黒橋家か」

「そうそう。意外と中心部にあるな〜って。少し先にも、大きな家があるけど、あれは......」

「─あそこは【松山総合医院】だよ」

背伸びする水樹の後ろから声をかけた青年。
水樹と同じ歳くらいだろうか。

「病院なの?」

急に話しかけられても、普通に会話を続ける水樹。
相変わらず、人見知りを知らない弟である。

「うん。この街で唯一のね。僕の家でもある。病院と家が一体型になってるの。院長が、僕の父親なんだ。そんで、この家は黒橋家!僕のおじいちゃん達が住んでる家だよ。裏側にも家が続いてて、凄く広いんだけど......入らないの?挨拶に来たんでしょう?御園の御二方♪」

にっこりと微笑まれ、名前が知られていたことを知った瞬間、若干、警戒する素振りを見せる水樹。基本的に向いていないと本人は言っているが、御園で生まれた以上、必要最低限の護身術は身につけてある。

対一般人用護身術のため、この街の人々を相手できるかは話が別だが、水樹はゆっくりと距離を取ると、相馬の方を見てきた。

「─こちらからは本日、アポを取ってないんだが、健斗さんは御在宅か?」

「うん。おじいちゃんたちでしょ?居るよ〜!とりあえず、入りなよ。身元ハッキリしてるし、大丈夫だからさ」

彼はそう言うと、普通に門をあけ、階段を登り始める。

「お邪魔、します?」

水樹が相馬の方に視線を投げてきたので、進むように促す。健斗さんの家だし、特別、警戒する理由はない。
水樹は相馬の反応を見て問題無しと判断したのか、軽い足取りで階段をあがっていく。その後をついていくと、大きな玄関は開かれており、また水樹と同い歳くらいの別の青年が出迎えてくれた。

「ただいま〜!」

手招きされるままについてきたが、そういや、彼は誰だろう。松山総合医院長を父親だと言っていたが、あの人はまだこのくらいの年齢の子供がいるような年齢では無い。

ならば、養子だろうか。聞いていた話では、長男と次男の二人しか知らないが─......。

「─お、相馬」

考えれば、何とやら。
家の奥から顔を出した、松山総合医院長の松山勇真は相馬の存在に気付くと、笑顔で近づいてきた。

「お久しぶりです、勇真さん」

「久しぶりだな〜!元気そうでなにより!聞いたぞ、転入してくるんだって?わざわざ高校三年生にもなって、この時期に大変だな」

「休め、遊べと言われまして......」

「ハハッ、お前の健康状態やこれからの為にも、少しは子供らしく、遊ぶだけの日々を過ごして欲しい。どうすれば良いか。みたいな相談は受けていたが、とうとう強行突破されたんだな?」

「別にちゃんと休息はとっているんですけどね........」

あまりにも内情が筒抜けのようで、笑うしかない。

「そもそも、遊ぶってなんですかね?」

「そこからっ?」

「いや、まぁ......本当に、特にやりたいことがなくて、やらなければならないことをこなしていたら、今回、こんなことになって、一応、家族の気持ちを汲んで引越しはしましたが、高校生らしく遊ぶとは?ってなったまま......」

「あー」

勇真さんは、御園の本流の人間をよく知っている。
それこそ、陽向さんとも健斗さん繋がりで仲良くなり、連絡を取りあってる仲だということは聞いている。

「そんなこと言っておきながら、あの人達も“高校生らしく遊ぶ”って経験が少ないだろうからな......」

そうだろう。陽向さんの過去の話を聞いたことがあるが、家出していた祖母が帰ってきたのが、それこそ陽向さんたちが高校生の頃だ。

祖母はそれまでシングルマザーとして、双子である2人を育てていた。そんな朝から晩まで働き詰める母親の代わりに、陽向さん達は基本的に互いに支え合い、家の事をこなしていた。

2人とも頭脳明晰、運動神経抜群だったゆえに、学校では人気者だったが、二人揃って、どこかに同級生と遊びに行った経験はないらしい。

陽向さんは元々ひとりが好きだった為、時間があれば、図書館に篭もってきた。

陽希さんは明るくて活動的で、人が自然と集まってくるような中心的人物だったが、部活動の手伝いや教師の手伝いなど、誰かの助けになる場面以外では、基本的に家のことをしており、遊びに行った経験はないという。