世界はそれを愛と呼ぶ



鏡の前で、髪型に合わせた服を選び始めた水樹を横目に、隣の部屋で死んでいる氷月に電話をかける。

『.........なに、兄さん』

想像よりも割とすぐ電話に出たが、声は死んだまま。

「水樹がお出かけするって張り切ってるが、行くか?」

『お誘いは嬉しいけど、行くわけない......大体、なんでそんなにそいつは元気なの......意味わからん』

そのまま、ぶつっ、と、切れる電話。
やっぱり眠気が限界なのだろう。
荷解きは諦めて、大人しく横になってるとみた。

「氷月、行かないってー?」

「ああ」

「想像通りだね。─よしっ、靴はこれでいいや!」

全身コーディネートが終わったのか、ニコニコと楽しそうな顔で玄関に向かう水樹。

「兄さん!早く行こ!!」

「はいはい......」

楽しそうでなによりだが、この街には特段目立つ施設などはない。ただ歩くだけでも、水樹は楽しいんだろうが......。

「─あれ?水樹に相馬じゃん。どっか行くのー?」

水樹の希望で、階段でのんびりと降りていると、1階に住む澪が声をかけてきた。

「うん、散歩にね〜。それより、澪、今、里帰り中じゃなかった?」

「うん。今、里に帰ってるよ。でも、忘れ物しちゃって。パッと取りに来たの」

澪の実家は、山奥だ。山奥の、人が知らぬ土地。
交通の便が良いとか悪いとかの次元の話ではない、普通の者はたどり着けぬ秘境の地。

「パッとって......相模は?」

「─ちゃんといますよ」

玄関から出てきた相模は、荷物を肩に背負い、微笑む。

「流石に、澪をひとりで行かせるわけにはいきません。いくら才能に恵まれていても、何があるか分かりませんし。きちんと抱いて帰ります」

「相模がいるなら安心だね。気をつけてね〜!」

「はい」「うん!」

相模がここにいるということは、薫と桜も実家に帰っているのだろう。荷物などを取りに帰らなければと話していたし、相模が薫のそばにいることが出来ないならば、妥当な判断だ。

夏休みも始まったばかりで、二学期開始まで時間もある。
全員、真面目に学校に通ったことが無いメンツばかりなので、どうなるか不安ばかりだが......とりあえず、クラス分けなどについても話を聞いていた方が良いだろう。

相模が澪を抱き抱え、“空を跳んだ”のを見届けたのち、ふたりで街中に繰り出してみる。

聞こえてくる子供の声は、近くにある公園からか。
楽しそうにはしゃぐ声と、笑い合う親の姿。
近所の年配の方々の立ち話に、制服姿の学生たち。

「あっ、部活帰りかな」

アイスを食べながら歩く、楽しそうな学生を見て、水樹は笑った。

水樹曰く、その街並みを知るにはそこに住む人々と同じ空気を吸うことがとても大事であり、そうやって感じられるものが好きだから、散歩は辞められないという。

「オシャレな街だね〜華やかというか」

ヨーロッパ調の外観の家が立ち並ぶ通り。
立派なガレージに、オシャレな門。
簡単に人が侵入できないように、門から玄関は離れており、防犯カメラも完備。
各自の意見を取り入れ、各自が望む形で1から作り直したという街並みは圧巻であり、犯罪対策なども完璧だった。

緑にも溢れていて、道沿いに咲く花々は丁寧に手入れされている。

廃墟周辺も先日見たが、報告を受けた通りだった。
警備が必ずおり、侵入する隙などないような......人ひとり抱えてはいるには、確実に不可能だろう。