世界はそれを愛と呼ぶ

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「初めまして!」

凌くんに無理言って、相馬にお願いして、乗り込んだ常磐家。
凌くんに言われるまま、身につけたスーツ。
人生で数えるくらいしか着たことがない堅苦しい格好で、悠陽は元気よく、常磐家の奥様に挨拶をした。

着物を身につけた、美しい人。
長く艶のある黒髪、細められる瞳、弧を描く赤い唇。
その傍で、同じく着物姿の悠陽と同い年くらいの青年。

「─フフッ、凌から報せを受けて、楽しみにしていました。常磐秋乃(アキノ)と申します。この子は、冬陽(フユヒ)。人と関わる時間が少なくて、お友達もいないの。良ければ、仲良くしてくれたら嬉しいわ」

大和撫子とは、こういう存在を言うのだろう。
そう思うくらい、淑やかで優しい微笑みを浮かべた奥様は、そばに居た青年の腕に触れる。

自信なさげで、どこか不安そうな青年は小さく頭を下げると、「……ねぇ、」と、声を掛けてくれる。

「何でしょうか」

その場に屈んで、訊ねる。
彼は戸惑い気に、小さな声で。

「君は、外の世界でどんなことをして過ごすの?」

「……」

─事前に聞いた話によると、彼はひとりで買い物は疎か、お金を使ったこともないと言う。

会話はいつも少人数、使用人も専属のみで、食事は奥様とふたりきり。
学校に通ったことはなく、友達などできる環境ですらないが、それは常磐家当主の意向であり、どうしようもないのだと、相馬からは薄暗い話、危険性、これからの計画など、そういう話を沢山聞いた。

「そうですね……ゲームセンターとか、服を買ったり、インテリア雑貨を買ったり、カラオケ、ボウリング、スケート……本を見ることもありますし、普通に鬼ごっことかして過ごす日もあります」

「へぇ……その、ゲームセンター?というのは、どういうものなの?」

「ゲームセンターというのは……」

ひとつひとつ話す度、どんどん輝き出す瞳。
閉じ込められた、鳥籠の後継者。

話す限り、とても知能は高いだろうが、外の世界を何も知らない彼はこの先、この家の頂点に立てたとして、その導を失うことはないのだろうか。

─なんて、悠陽が気にすることでもないが、相馬たちが何かをして、この家がなくなっても、彼らの安全は保証して欲しいな、とか、そんなどうにもならないことを考えては、幼子のように楽しそうに笑い出した彼を見た。

「外の世界は凄いんだね。僕もいつか……ううん、他にも面白い話はある?」

何が言いかけて、口篭る。
きちんと聞こうと思った悠陽を阻む、凌くん。

「─冬陽様は叶わぬ願いを、口に出すことを厭われる。だが、今回、悠陽を連れてきたのには理由が……」

「?、わかった」

とりあえず、聞こえなかった振りをするべきなのだろう。下手に追求しても、彼が困るだけだ。

にしても、そういや、片割れ─夏陽(ナツヒ)はどこへ行ったのやら。『気になることがある』とか言っていたが、挨拶の時はせめているべき……ああ、でも、書庫に目を輝かせていたから、どうせ、今は自分の世界だろう。

それから、悠陽は色々な話を冬陽にした。

「アハハッ、……こんなに笑ったの、初めてかも」

「そうなんですか?」

「うん。とても楽しい。もっと色々な話、これから聞かせて欲しい」

「もちろんです。なんでも言ってください。運動も勉強も得意だし、好きなので!面白い話、俺がやらかした話もまだまだありますよ〜」

「フフッ、まだあるの?」

「ええ。俺の母は怒ると、怖いんですよ〜!」

なんて言いながら、他愛なく話を進めていく。

「アハハッ、……本当に、今日はすごく笑えてる。楽しくて、この時間が終わって欲しくないな」

「終わらせませんよ。まだまだ話したいことはありますし、まだ暫くはここにいますし!呼ばれたら、どこでも駆けつけますよ」

ニコッ、と、笑いかけると、彼はどこかホッとした顔をして、

「……悠陽は、友達じゃなくて……まるで、兄上がいたら、こんな気持ちになるんだろうね」

と、ため息混じりに呟いた。