「荷解きは中断か?また、3箱しか開けてないが?」
「中断〜!どうせひとり部屋だし、後からゆっくりやる!外行きたい!新しい街って、ワクワクするから〜!」
「そうか。お前がいいなら、好きにすれば良いよ」
特に相馬に止める理由なんてものは無いので、水樹が荷物から出して放り投げていた帽子を拾い、手渡した。
「やった〜!」
テンションが上がりまくった水樹は下の方で纏めていた髪を解くと、
「髪とか整えてこよ!」
小走りで洗面所に向かう。
水樹は兄弟の中では唯一と言ってもいいくらい、美意識が高い。水樹に連れられて、氷月も渋々、月一回のペースで有名店の美容院に通っているそう。
相馬は時間が無いこともあるが、基本的に面倒くさくて、髪はどうでも良いので、御園お抱えの美容師に定期的に手入れしてもらっている。
「ただいま!」
割と直ぐに帰ってきた水樹はロングウルフという髪型(澪に聞いた)をいつも通り、ハーフアップお団子にしていた。
きちんと整えたことで見えるようになったブルー系統のインナーカラーは、水樹によく似合っている。
生来の黒髪に映えていて、水樹もお気に入りのようだ。
水樹が見つけた“番”が美容師だったことを知った時は驚いたが、中学の半ばから、同じ美容院に足繁く通っていた理由がわかったし、その短い期間で彼女を婚約者にまでしたのだから、我が弟は高校一年生にして、かなり頑張ったのだろう。
「─格好良いな」
「あ、ほんと?嬉しいな。咲月(サツキ)のオススメなんだ〜」
咲月、というのは、水樹の婚約者だ。勿論、学生である水樹と違い、立派に美容師として働いている社会人。
年齢が水樹よりも上であること、水樹がまだ世間的に見れば子供であることなどの点から、【倫理観の問題】をあげ、水樹からのアタックを逃げ続けてきた彼女。
とは言っても、彼女は最短ルートで国家試験合格し、17歳で美容師になっていたので、出会った当時は18歳だった。
水樹が中学二年生で、彼女は高校三年生の年齢だ。
彼女はきちんと分別がつく大人として、まだ未成年だから、などの言い訳は使うことなく、水樹を拒絶した。
それでも、水樹は自らの運命だと、番だと確信していた為、引かなかった。
その後、水樹のあまりにもしつこい告白に、対処方法を悩んだ彼女は『保護者の電話番号ある?』と水樹に聞き、水樹は何も思ったのか、相馬の番号を教えた。
彼女から電話がかかってきた時、彼女に自身の身の上のことは何も伝えていない水樹の本気さに、思わず、笑みが零れたものだ。
彼女は水樹のことは初対面時、一目惚れした。しかし、それはあくまで年齢からかけ離れて見える容姿に惹かれただけであり、大人として、そのような告白を受けるわけにはいかないと、震える声で相馬に話してくれた。
その電話で脈が無いわけじゃないことを知り、相馬は後日、彼女を喫茶店に招き、全てを説明した。
彼女は最初、信じられないという顔をしていた。
非現実的な話が繰り広げられ、普通ならば、話半分で聞くところだが、彼女は真剣に聞いていた。
そして、水樹が御園の人間だと知ると、
『私がここで拒絶すれば、彼は苦しみますか...?』
と、聞いてきた。相馬がそれまでに話した内容をきちんと聞き、理解してくれていた証だった。
彼女の対応は大人として間違っていなかったこと、わざわざ保護者である自分に連絡をくれたこと、変な話を茶化さず、馬鹿にせず、きちんと聞いた上で水樹を思ってくれている質問をくれたこと。─全てに感謝した。
相馬の話を聞いて、彼女の考えは一変したんだろう。
水樹の告白を素直に受け入れ、そばに居ることを誓った。
(ただ、線引きは必要とのことで、水樹がせめて18歳になるまでは一線は超えないと約束を交わしてるらしい)
相馬が保護者ではなく、兄であることも後日、告白した。
彼女はすごく謝ると同時に、御園はその特別な血筋ゆえに容姿が一般とはかけ離れている事実を理解していた。
彼女ならば、大丈夫。─何故か、そんな気がする。
そもそも、弟の本能が選んだ相手ならば、信じる以外に出来ることなどないが。


