世界はそれを愛と呼ぶ

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「─ん〜、腕が鈍ってる気がする」

そう言いながら、鉄扇を手にする叔母を眺め、御園京子は問うた。

「叔母様、稽古は苦手なのでしょう?どうして、稽古場にいらっしゃったのですか?」

すると、彼女は着物姿ということも構わず、座る京子の前にしゃがみこみ、

「可愛い姪が休まず、根詰めているからだよ」

と、額をデコピン。
堪らない痛さに涙が出て、額を手で押さえると。

「そうやって追い込んでも、ろくな事にはならない。父さんと母さん、兄さん達も変わらず忙しそうで、どうせ、京子がこの家の留守を預かっているんだろう」

男前な叔母にそう言われ、

「それは……そうですけど。私ももう22歳です。当主代理、とまでは言えませんが、それなりのことはできますよ。兄さんも相馬もいないし、当然でしょう?」

と、京子が返すと、

「─まだ、だ」

「え?」

「まだ、22歳なんだ。お前は」

と、叔母様は何故か、辛そうなお顔をした。

「大人になるな。……なんて、そんな環境を作り出した側の私が言うことでもないが」

優しく頬を撫でられ、京子は目を瞬かせる。

「きちんとご飯を食べ、眠り、好きなことをし、恋などをして、お前は家に囚われる必要など」

「でも、叔母様、私は三貴のひとりです。姫巫女の名を冠している人間なんですよ」

「……」

「相馬は、三貴のふたつを背負っている。遊んで欲しい、楽しんで欲しいって、ちょっとした姉心で追い出したのに。結局、向こうでも仕事漬け」

相馬から来た、パーティーの話。
水樹が先導で動いているらしく、会場の手配などで、京子は忙しいなかでの、少しの時間の稽古。

「……お前は、どうして高校に行かなかった。大学に行かず、この家に籠った」

自由をそのまま描いたような叔母からすれば、京子はすごく窮屈で面白みのない人生を歩んでいるのだろう。

だが、父が壊れて消えたあの日、母が壊れて散ったあの日、兄が全てを託して消えたあの日、京子は自分の何を犠牲にしても、下の弟三人を守ると誓ったのだ。

「……私は、友達はひとりもいません。いるのは数人の幼なじみで、恋人も、いなくなりました」

京子には、最愛の恋人がいた。恐らく、番だった。
しかし、ある日突然、彼は消えた。
音沙汰がなくなり、連絡手段も、外でどう行動すれば良いのかも分からない京子には、探しに行く術も無く、涙を呑み込んで。

胸が張り裂けそうで、契約を結んでいなかったことに感謝した。良かった、最愛のあの人が私なんかに囚われる前に、外に逃げ出すことができて、と。

「高校なんて、学び終わっている学問を追う時間があるならば、私は相馬のそばにいたかった。私だけでも、相馬から離れたくなかった。─それだけです」

言わば、それは京子のエゴだった。
でも、相馬を守っていた父さんは壊れ、いなくなった。
京子には優しく、憧れだった母は何度も相馬を殺しかけ、その度に錯乱し、最期は。

兄さんも身体の為、遠くへ行った。
音信不通のまま、向かったはずの病院にもいない兄さんはどこかで生きてはいるんだろうが、少なくとも、相馬を守ってくれる人ではなく、京子が頼れる相手でもなかった。

「今、私が稽古場に頻繁に顔を出すのは、稽古の時間が取れていないことは勿論ですが、何故か、御園家内部も慌ただしく、里も落ち着かないことを聞いています。しかし、このような時、姫巫女の私にできることはありません。だから、ここで舞うのです。この屋敷で暮らす人々の、安寧を祈って」

清らかで美しき、姫巫女。
誰もが見蕩れ、その間に苦しみを取り除く奇跡。

御園和子が命を絶つほど、追い込まれた役目。