「刻印契約は、少しでも心が揺らいだら終わり。逆を言えば、揺らぎさえしなければ強固なものらしい。揺らいで消えれば、それは黒くなった跡となり、死ぬまで残る」
水樹は、自分の生え際にある刻印に触れた。
今ある刻印は、黒くなんてない。痛くもない。
何色かは説明し難いけど、黒では無いのは確かで。
「黒の刻印、見たことあるの?兄さんは」
「俺はないよ。流石に、祖母に見せてくれとは言えんだろ」
「えっ、おばあちゃん、一回、切れてるの?」
「当たり前だろ?家出してんだ。浮気疑惑で」
「でも、出産の時……」
「そう。その時はまだ、祖母は祖父を信じていた。日記が残っていて、それを読ませてもらったよ。語ることは苦手だから、これを読んでって貸してもらって」
それは、祖母が祖父から離れている間、つけていた日記だという。日記兼育児記録みたいなそれには。
「『妊娠が分かった時、あの人は喜んでくれるかな』と書いてあった。家出後にもかかわらず、祖母は祖父を愛していたから、喜んで欲しかったんだろうな。ひとりで守って、大切に苦しみながら、十月十日過ごして産んで、双子を初めて抱いた時、祖母の心は限界を迎えたんだ。─御園であれば、居場所特定は出来る。それにも関わらず、二人の子をひとりで守り、産んでいる事実に打ちのめされたのか、心のどこかで来てくれるかもしれないと期待していた気持ちを裏切られたからか、祖母の心は折れ、1週間ほどは泣いて暮らしたと」
「……」
「祖父はそのつもりはなかった。父さんと一緒、不器用なくらい優しい人だからな。祖母の気持ちを慮ったんだろうけど、逆効果。祖母本人は女性ホルモンが〜とか言っていたが、当時は本当に辛かったのだと思う。だから、出産後に契約が切れたから、痛みが繰り越されて、健康体だった祖母が痛みを感じることなんて、出産でしかなかったから、父さんの出産の時に、繰り越された全てが襲いかかったんだと考えている」
「なるほど……それが、希雨に関係あるの?」
「多分。だから、予想でしかないと前置きした」
「う、うん?」
「久遠に聞いたら、刻印の契約は結んでいた、とさ」
「“いた”?」
「ああ。切れたんだと、行方不明になってしばらくしてからな」
「っ!」
点と点が繋がって、線になっていく。
クリアになっていく頭の中、水樹は口元を覆った。
「『それだけ』のことが、あったってことだよね……?」
彼女は、心から久遠を愛していた。
幸せそうだった。だからこそ、幸せになって欲しくて。
「……目覚めさせたいさ。でも、その方法が分からないんだ。だって、刻印のせいで繰り越された痛みが、心が折れた瞬間に、本人に襲いかかって、その結果、今の昏睡状態ならば、どうすればいいのか分からない」
「起きてくれなければ、現実を教えてあげられない」
「そういうこと。普通の人間だったなら、いくらでもお金を注ぎ込んで、何年でも何十年でも守り抜くさ。でも、運悪く、俺たちは化け物だ。“食事”をしないと」
「……っ、希雨も、鬼の血が強かったんだ」
それは、水樹が知らない話。
元鬼帝の陽希伯父さんの、第一子。
女の子とはいえ、そういうこともあるのだろう。
「希雨を利用することは許さないと、陽向さんが守っていた。だから、知らなくて当然さ。直系の血筋だから、傍系の久遠のように外で生きていく選択肢を簡単に選べなくて、ふたりで御園で生きると決めたゆえに」
希雨は、子供がいない陽向さんにとっても、大切な存在。魂の片割れといえる相手の、初めての子。
そして、陽向さんは周囲のわがまま(?)により、一度、番である最愛の妻の心を破壊され、廃人とされた過去を持っている。
「希雨は確認したことないが、久遠の背中には黒い刻印の後が残っていたよ」
そう語る兄さんと、最近、無茶な行動をしていると聞く久遠。同じ血を持って生まれてしまった、運命の二人。


