世界はそれを愛と呼ぶ



「─あー!もうっ、疲れた!!」

そう言いながら、屋上の扉を開けて、現れた柚香。

「あ、柚香だ〜!お疲れ」

「澪〜」

澪が両手を広げると、吸い込まれるように抱きつきにいく。知らないうちに、めちゃくちゃ仲良くなっている幼なじみを見て、相変わらず、凄いコミュニケーション能力だなと感心してしまう。

柚香に突っ込まれないよう、パタパタと熱を冷ますため、顔を手で仰ぎながら、沙耶は柚香に尋ねた。

「……柚香、真姫(マキ)は?」

「後で来るよ〜。今、薫の紹介で、ひとり、転入生が来て……その手続き中で……なんか、その子と話?をしているから」

柚香が疲れ切っている理由が判明した。

「転入生……薫が紹介?耳が聞こえなくて、話せない真姫と会話……まさか、蒼生(アオイ)?」

探偵のように導き出した桜の言葉に、頷く柚香。

「そうそう。楪蒼生(ユズリハ アオイ)くん。無口で、本当に物静かで、会釈だけした」

「会釈って……ごめん、昔からそうなの……にしても、薫、蒼生まで呼んだって……真姫、手話も出来ないみたいだったからかな。確かに会話はしやすくなるけど」

「?、彼も、相馬達みたいに、なんかあるの?」

柚香は澪から離れると、沙耶が持っていた春ちゃん特製のお弁当を広げながら、首をかしげた。

ある程度、これから起こりうる問題のために、許可をとって、柚香にも話していたが、流石、沙耶の幼なじみと言おうか、この街で暮らしてきただけあると言おうか、あまりにも適応能力が高く、本人は『そんなこともあるさ』くらいのテンションで、受け入れた。

あまりの受け入れの早さに、相馬はともかく、水樹や氷月、千歳は驚いていたことを思い出す。

「あるにはある。でも、どうかな……話すの、一回、蒼生に聞いてからが……」

「─別に、話していいよ。相変わらずだね、桜」

物音ひとつなく、声だけが。
屋上の出入口を見ると、黒髪短髪のきちんと制服を着た青年が立っていて、優しく微笑んでいる。

「蒼生!」

「薫にある程度は聞いていたけど、元気そうで良かったよ。薫や相馬達はまだ話し込んでいるからね、先に御挨拶を、と思ってきたんだ」

無口であるというのが嘘のように、話してくれる彼は。

「桜たちに聞いたかもしれないし、生徒会長には改めてになるけど、楪蒼生です。基本、話すことは面倒臭くて苦手なので、楽しいお喋りは出来ません。今も少し話しすぎて、頬が筋肉痛になりかけています。学年は二年。卒業までいる予定だから、よろしくね」

一気に、捲し立てるように言い切った彼はそのまま口を閉ざすと、表情筋も死んだ。
真顔というか、なんていうか……。

「相変わらずだわ〜……」

桜たちは慣れているみたいだから、昔からなのだろう。

「ここまで来ると、安心感がある。─ごめんね、真姫。手、振り払ってもいいのよ?」

桜がそう言って初めて、彼の背後に隠れるように立つ真姫が見えて、その手は彼と繋がれたまま……。

真姫は桜の言葉に首を横に振り、

「今、ひとつの実験中なんだよね」

という、蒼生の言葉に頷いた。

「実験って何?真姫を使って、変なことしてるの?」

ぶんぶん、と、首を横に振る真姫。

発見した時に比べたら、ふっくらとしてきて、健康体になってきた真姫は身の安全上の問題も考慮し、黒宮家の面々が住まうマンションで生活していた。

時折、黒橋家にも来たり、街中探検したり、黒宮の連中が連れ回し、彼女の笑顔をどんどん取り戻していったらしく、彼女は健康体、表情豊かになって、今の生活を楽しんでいるらしい。

元々、地下牢に来るまでの日々の記憶は曖昧で、ずっと煙のようなものが炊かれていたこと、複数人に罵られていたことはわかるけど、耳が聞こえなくて、内容は把握出来ていないみたい。

お父さんやお母さんの存在も分からないけど、それでも、幼い頃はお母さんの歌を聴いた記憶があるそうだから、恐らく、難聴は後天性だろう。というのが、黒宮家での判断だそうだ。