世界はそれを愛と呼ぶ




「沙耶!」

「……っ!」

長い黒髪が、風の中で踊る。

「幸(サチ)っ!」

駆けてきた女性を見つけると、沙耶は彼女に走り寄り、思い切り抱きついた。

「あははっ!元気だ!大きくなったねぇ!」

朗らかに笑い、沙耶を抱き締める女性─御山幸(ミヤマ)。
彼女は湊さんの親戚関係にある女性であり、幼い頃、沙耶がとても慕っていた女性らしい。

沙耶が顔色を変えた、華宮家の関係者の1人でもある。

「幸はっ」

「ん〜?」

「幸は……元気だった?」

沙耶の声が震えている。
それを背後から眺めるだけに努めると決めた相馬は、沙耶の様子を見守ることにする。

「ほら……荒れたでしょう?」

「……あ、ああ!華宮(カク)家諸々のこと?」

「っ」

幸さんはあまりピンと来なかったらしく、少し悩んだ末、合点がいったように笑う。

「ごめんね。かなり昔のことだから…… 」

「でも、最近も」

「凌(リョウ)が関わらせてくれないから、私は大丈夫」

ぎゅっ、と、沙耶を抱き締めて笑う幸さん。
ほっと息をつく沙耶は、彼女の温もりに甘える。

「─すみません、幸が」

それを穏やかな気持ちで眺めていると、背後から声を掛けられた。振り向くと、優しげな男性が歩いてきて。

「急に車を飛び出して、本当、お転婆になりました」

「まるで、父君のような感想ですね」

御山凌─幸さんの夫であり、色々と複雑な政界の裏側で、今日日、活躍されている彼。

「今日は、お仕事はお休みで?」

「湊さんから連絡を頂いて、お休みを頂きました」

「唐突にすみません」

湊さんが連絡をしたということは、相馬の意図が彼らに伝わっているということ。
感情が読めぬ微笑みを称える彼は、相馬と似たような境遇に身を置いているだけある。かなりの処世術だ。

「いえいえ。護衛なんてものは、四六時中、御役目があります。一応、俺は医者の身ですが」

彼はとある名家で、次期当主の護衛兼専属医師をされている。同時に、幸さんは次期当主の先生だというから、夫婦揃って、その家に忠義を支えているのだ。─表向きは、の、話だが。

「……それにしても、何十年もよくやると思いません?」

「え?」

「時間に置き換えれば、貴方が産まれるより前から、あちらはゴタゴタしております。老人はとっとと隠居し、召されればいいのに」

「……」

あまりの火力の強さに、相馬は驚きを隠せない。
微笑んで、そんなことも言わなそうなのに。
流石─……。

「─ハハッ、今、俺のことを、鳳月(ホウヅキ)の末っ子だと、思ったでしょう?俺、そんなに霞(カスミ)兄さんに似てますかね〜」

相馬が心を読まれることなど、初めてのことである。
思わず、黙り込んでいると。

「ああ、すみません。火力高めの悪口を言ったあと、兄を知る人には必ず言われるんです。『流石、あの鳳月霞の実弟なだけある』と」

「そうなのですね」

鳳月霞─それは、紛れもない凌さんの実兄である。
現在は、鳳月家の当主を務められているため、相馬もよく顔を合わせる相手だ。
中性的な雰囲気と、お顔立ちをしており、女性であれば、また、時代が時代であれば、傾国の……になっていたとも噂される彼は、その美しい見た目とは裏腹に、性格がとても真っ黒であった。

そんな彼と苗字こそは違うが、実の兄弟である凌さんは身の安全のために幼い頃、叔父の家に養子に出された鳳月家の三男だ。

叔父さんは、婿入りしており、田舎で穏やかに暮らされているが、鳳月家は元々、北御門家に代々仕えた家。

もっとも、北御門家が滅ぶ二代ほど前の当主は、行いを改めることのない北御門家に愛想を尽かし、仕えるふりをした裏切り者へと転じたが。