祖父は『自分自身が一度、最低な間違った結婚をし、一人の幼子を犠牲にした』と言っていたらしいが、その言葉通り、父・陽介の異母兄にあたる人がいる。
祖父である御園圭介(ケイスケ)は“番”などが理解出来ぬまま、出会うことがないまま大人になり、当主となった。
祖父は“番”に出会えなかったとしても、誰か惹かれた女性と婚姻を結ぶことを願っていた。
そして、漸く、惹かれた素敵な相手に出逢えたタイミングで強制的に他の女と政略結婚させられ、挙句の果て、その相手を殺した。
祖父はそれを深く後悔していると同時に、自身の血の中に眠る本能が、怒りを抱いていることも自覚していた。
“番”以外には触れていけない夜に、祖父を愛していた政略結婚相手は夜這いをしかけ、狂った祖父に“喰われた”。
祖父が婚姻後、初夜を迎えようとしなかったことに焦ったなどと言っていたそうだが、その結果、通例通りにその相手は身ごもり、子と引き換えに命を落とした。
祖父は傍におらず、死んだことは報告で聞いたのみ。
後悔していても、許せない本能。生まれた子ですらも殺してしまいたい衝動に駆られた祖父は、ぐちゃぐちゃな感情を抱いたまま、最愛の存在─祖母─に会いに行った。
そして、祖母を見た瞬間、彼女が自身の“番”だと自覚。
泣いたことがなかった祖父は泣き、助けを求め、愛を伝え、そして、縋った。祖母はそれを驚きながらも受け入れ、祖父の代わりに血の繋がらない息子を愛し、守った。
生まれた息子は祥一(ショウイチ)と名付けられたが、本能で殺してしまうと理解していた祖父は近付けず、祥一は自身の出生理由を理解してからは、祖父と距離をもっと置いた。
そして早くに結婚し、子供に恵まれ、御園とは関係の無いところで幸せに暮らしていたが、子供たちが幼い頃に妻と共に事故で帰らぬ人に。─その時、祖父は過去の罪悪感からか、2人の孫を引き取った。
一人は女の子で、もう一人は男の子。御園は女の子が生まれにくい家系であり、それでいて、本流の女の子の役目は膨大で、子供ひとり飲み込むのは容易だった。
結果、祖父の手が届かず、誰の手も届かず、飲み込まれた孫を置き去りにし、祖父は他界。頼れる人が誰もいなかった孫娘はどんどん壊れていき、最終的には悲劇を飾る。
「……祖父さんみたいに、死ぬまで後悔に苛まれるような人生は送って欲しくない。祖父さんも婚姻結ぶ前に、気になる女性が“番”なのだと気づくことが出来ていれば」
第一夫人は亡くならず、祖父も後悔しなかったのか。
「でも、それが無ければ、相馬はここにいないんだ。相馬の母が生まれてこない。祥一さんは相馬の祖父で、相馬の母親である和子(カズコ)の父親なのだから」
陽希の言う通りだ。何の因果か、陽希達の年の離れた弟と祥一さんの忘れ形見である和子は、一線を超えた。
決してそういう関係になりそうじゃなかったふたりは、“番”などでは決してなかったふたりは、この家にゆっくりと蝕まれていった。
純粋すぎた和子は人格破綻を起こし、情緒不安定になり、記憶をよく無くし、ずっと泣くようになっていった。
自由のない監獄のような場所で、ゆっくりと壊れていた和子に誰も気付けず、そんな和子の悲しみは、優しすぎた、優しすぎて御園の人間とは思えない弟の心を蝕んだ。
弟は和子のために生き始め、和子との間に生まれてしまった小さな子を抱えながら、和子に存在を否定されてなお、微笑み続けて支えた。
和子が望むままに振る舞う弟はまるで人形のようで、助けの手を伸ばしても掴み取らない頑固さに、陽向は呆れ、最愛の妻の件もあって御園から遠ざかりがちになっていたとはいえ、二人から目を逸らした。
両親は勿論、陽希は仕事で家を空けることが多く、妹は御園のやり方に愛想を尽かし、海外逃亡していた。
─御園には誰もいなかった。優しすぎた弟はおかしくならないように必死で頑張り続け、その結果、家出する。
頑張りすぎた故、限界を迎えてしまった。
電話越しの、最後の言葉を覚えている。
『─ごめん、兄さん。もう限界なんだ。僕達の子なのに、化け物だと、そう言って泣き喚くんだ』
それも、2年以上。
─優しいやつが壊れるには、十分だった。
狂った家だ。それはもう、どうしようもなく。そして、そんな家で生まれ、そんな家を支え続けてきた俺達も、もうとっくに狂ってしまった化け物なのだ。


