気持ち悪くて、逃げたくて、父親が相手してくれないからと、部屋に忍び込んできた母親。
拒絶しようとすれば、チラつかされる弟と彼女の命。
震える手で、震える身体で受け入れた。
受け入れて、1年程経った頃、彼女が震えながら、何かを告白しようとしていた。
それを聞こうとして、彼女は笑う。
『ううん!なんでもない!』
─あの時、もっと、問い詰めれば良かった。
どんどん痩せ細っていくのは、なんで?って、そう、聞けば良かった。なのに、聞かなかった。頭が回らなかった。
あんなことになるなら、一緒に飛び降りたかったのに。
それから少し経った、高校一年生の秋。
日々の抜け出せない地獄が苦しくて、いっその事─……と、マンションを見上げた時。
『─ちと、早いんちゃう?』
煙草を吸いながら、男─健斗はこちらを見ていた。
『っ、ご、ごめんなさい!!』
……怖くて、全てを見透かす目が怖くて仕方がなくて、服も無いから、学生服だったから、もしかしたら特定されるかもって、北御門の息子がそんなんだとバレたら、大変なことになるって、家に走って帰ったあの日。
─弟が死んでいた。
浴室で、母親の手で、泣き喚くから煩くて、なんて、小さな、5歳の男の子が。
そのあとのことはあまり、記憶に残っていない。
気付けば、その手は血だらけで、学生服は真っ赤だった。
その足のまま、何となく上着だけを着て、ふらりと父親の元に向かうと、彼女が。
最愛の彼女が、父親の元で、冷たくなっていた。
『裏切り者の娘のくせに、言うことを聞かないから』
─それが、全てだ。
その瞬間、周囲の大人は笑っていた。
狂っている。狂っている。狂っている。
全部全部全部、狂っている!!!!!!
─……上着を脱ぎ捨てた時、聞こえた小さな悲鳴。
それが、最後の記憶。
父親は原型を留めないほどぐちゃぐちゃに、
彼女の冷たくなった身体を抱いて、湊は嗚咽した。
噎せ返る匂いなんて、そんなもの。
贅を尽くした広間の中で、響くのは、湊の声だけ。


