世界はそれを愛と呼ぶ




「……だとしても、相馬を行かせなくても」

「あの街には、相馬の“番”がいるんだ」

陽希の言葉を遮るように言うと、陽希は目を見開いた。

陽希が相馬のことについて意見をするのは、特に珍しくない。齢18にして様々なものを背負っている相馬は、普段から飄々としており、過去のことからも自身の感情に疎いところがある。だから、無意識に無理してしまう。
陽希がそれを案じていることは知っている。

「“番”って……」

陽希も陽向も、17の年まで考えたことがなかった“番”。
自然と惹かれて付き合っていた恋人が“番”だった陽向からすれば、特に何か感じるものがあったわけじゃない。
流石にその“番”が、【御園】のせいで壊れた時はおかしくなりそうだったが、陽希は違う。

陽希は御園に来て暫くしてから、仕事で侵入したとある屋敷の地下牢で、“番”を見つけている。
─その後、陽希は“番”がいたその場所を破壊した。

抑えきれないほどの衝動は重く、深く、“番”とされるものはそれ相応の覚悟が必要であり、一般人だった母さんはその覚悟を持って、共に堕ちる覚悟をしたのだと理解すると、母さんの覚悟を知った時の父さんはどんな思いだったのだろうかと、ちょっと考えてしまう。

最愛の相手のためにも、別の相手を選ぶように引導を渡すことが正解のはずなのに、その手は決して離したくない。
他の相手を選ばれた時には、その相手を始末してしまうだろうという確信が芽生えるほど、求めてしまう。

「何で知ってる」

─そう、本来ならば、本人にしかわからない“番”。
陽希の違和感も、疑問も正しい。

「……昔、1度だけ、相馬は会っているから」

「昔って……」

「相馬が9歳だったかな。会いに行って、その瞬間、─彼女を遠目に見ただけだったのに─感情全てが抜け落ちたように“無”だった相馬が泣いたんだ」

静かに、静かに涙を流していた。
枯れ果てた砂漠の中で、漸く、オアシスにたどり着いた旅人のように、彼は静かに涙を流し続けていた。

「その事、相馬は覚えているのか?」

「いいや、覚えてないよ。あの時期の相馬は記憶が混濁していたし、精神的にも参っていたからな。……相馬は母親が“既に壊れていた”影響で、常に母親の為に生きていた。その恐怖の対象を喪ったあとも、自分の為に生きることが理解できず、だからといって声を発すれば怒られるとでも思っているのか、黙ってじっと、僕を見ていた。“番”を見つけた瞬間でさえ、泣きながら、僕を見つめていたよ」

あの時の幼子は迷子のようで、今にも消えそうで。
陽向も最愛が壊れ、孤独だった。孤独だったから、相馬を放置なんて出来ず、手元に引き取った。
色々なことがあったけど、無事に大きくなった息子同然のあの子が結婚や“番”に対し、あまり善い感情を抱いていないことは知っている。

それを【役目】と自覚していることも。
─誰かを本気で愛するということを知っている身としては、そんな道を歩んで欲しくないのが本心。

「覚えていないまま、もう一度出逢わせるのか?」

「う〜ん、正直、悩んだんだよ。“番”だとしても、生涯、一度も出会うことなく終わる奴らもいるだろう?そこに、俺達が手を加えるのは良くないことのような気もするから……でも、祖父(じい)さんみたいな道を、あの子に歩ませたくないってのが親心」

「それは同感」

陽希と陽向は、先々代当主であった御園陽介(ヨウスケ)の第1子と第2子として産まれた。
掻い摘んで聞いた話だと、母・千波(チナミ)は幼い頃に母親を亡くし、その後、すぐに迎えられた後妻に奴隷のように扱われ、異母妹が生まれた途端、捨てられたらしい。

それだけで壮絶すぎる人生だが、その後、住み込みで御園の分家・御前家で働いていたところ、そこの馬鹿なボンボンに目をつけられ、付きまとわれ、それによる嫌がらせが増え……面倒臭くなり、15で辞め、その後は優しい上司のおかげで本家に移動。

御園の下働きとして住み込みで生活し、その仕事ぶりから一気に昇格。母は当主夫人にとても気に入られ、冗談交じりに『義娘になって欲しい〜』と言われていたと。

子供が好きだった母は分家の子供たちともよく遊んでいたが、その最中に使用人の服を着た青年と仲良くなって友人としての仲を深めた。

実はその青年が父であり、夜間警備として見回りの最中、光が漏れていた部屋の確認のため声をかけたところ、父が顔を出し、父が当主の次男だと知ったと言っていた。

しかしながら、1度の経験で面倒臭いことを知っていたし、特に玉の輿など狙っていなかったし、友人なんて呼んでしまったことを素直に謝罪したら、父がそれを止めて、告白され……その後のことは誤魔化されたが、まぁ色々とあり、母はそういう気持ちがなかったから、父はよく頑張ったのだろう。(頑張ったと言っていた)

─まぁ、その後、父の婚約者候補だった人間が色々とやらかし、入籍数日で母は家出。その足で求人が出ていたとある名家の乳母みたいなものとして雇ってもらい、そこのお嬢様の世話をしている中で、陽希と陽向を妊娠していることを知り……という、まぁ、人生を歩んでいる。

その後は普通に戻ってきて、父とやり直し、下に弟妹が生まれた訳だが、そんな母と父が結婚する際、祖母は大歓迎だったみたいだが、祖父が難色を示した話がある。