「血剤なんて、全然考えてもなかった。慧に早く、茉白と既成事実を作れと伝えるつもりで」
「……茉白だけを救う方法、ということですか」
「どこまで御園の血が広がっているかも分からない中、最優先は彼女のことだろう?というか、血剤なんて。どこかでそんな資料を読みでもしたのか、お前は」
「読んだと言うより……兄さんが実験してませんでした?俺、たまに協力してましたよ。自分の血液と比較する実験」
「はぁ!?」
「え、容認してたんじゃ」
「んなわけないだろ!なんで、子供にそんな危険なことをさせなきゃいけないんだ!あいつはどんなつもりでっ」
「よく分からないですが、俺の血はやはり特別みたいで。血を流すことはないよう、厳命されていました」
自分の血に、どんな効能があるのかなんて知らない。
病院だって、幼なじみの家にしかかかったことがない。
主治医も、幼なじみの父親だ。
何なら、彼は家に来てくれるので、病院に足を踏み入れたこともなかった。
「特別でも何でも、お前の血は赤いはずだが?」
「赤いですよ。他の人と同じように」
「何をもって特別だ、なんだと……」
「それは、兄さん本人に聞かないと分かりませんけど。誰に求めりれても、その血を差し出してはならないと言われていたので、献血もしたことはありません」
「否、そもそも、俺達は献血は出来ないから。化け物の血を、人を救う目的の献血で差し出すなんて真似、出来るわけがないからな……」
頭を掻きながら、はぁ、と、ため息を零した陽向さんは。
「─彼女が納得するならば、お前も彼女を既成事実を作る道で、繋ぎ止めておけ」
唐突に、とんでもないことを言い出した。が、相馬は即座にお断りをする。
「いや、しませんが」
「なんでだよ」
「しませんよ。─やっと幸せを受け入れる段階まで許されて、色々な苦しみと葛藤しながら、彼女は今、それでも立とうと踏ん張っているんです。俺達が既に失った、感覚を彼女は教えてくれる。じわじわと私生活の中で追い詰められていく気持ち、分かりますか。ある日突然、大切な人を失うかもしれない恐怖と戦い続けてきた彼女を、俺は助けると言いながら、縛り付けたくはないです」
「……」
「弱い、と、罵ってくれて結構ですよ」
「さすがに、そんなことはしない。……悪い。お前の大切なものに、ズカズカと口を挟んで」
「なんで謝るんですか。仰ることは間違っていませんし、そうすることで沙耶を守ることができるのは事実です。でも、その道は彼女が失うものが多すぎます。普通の人間の身体、最愛の人と心や身体を交わし合う喜び、生涯を共にするための誓いの儀式、長すぎる寿命……喪うことを恐れる彼女に、友人や家族を多く見送らせることになるのは、正直、御免ですよ」
「……」
「しがらみから解放されて、彼女は笑顔で最愛の人と結婚をして欲しい。普通の、彼女が望む平凡な暮らしを送って、多くの人に囲まれながら、苦しまずに死んで欲しい。……それが、俺が沙耶に望むものです」
自分の手で幸せにできるのなら、それが良い。
初めて、欲しいと願った存在だから。
でも、沙耶には何も失って欲しくない。
ただ笑って、眠って、平凡な日々の中で幸せを。
「……なら、お前は人を殺すのか」
陽向さんはなんとも言えない、顔をしていた。
それは、御園当主に定められた運命。
「それは嫌ですけど」
御園の呪いは、当主だけ別格で酷く難しく。
「彼女を縛らなければ、お前は」
「自分の為に、彼女を縛りたくありません」
陽向さんの言葉を遮って、相馬は微笑んだ。
「俺が死ぬわけではないんですよ、陽向伯父さん」
当主になったあの日から、何事に関しても心は動かない。
動かないように、自分に言い聞かせてきたから。
だから、結婚も子作りも、役目として割りきれる。
そんな人生に、沙耶を巻き込むつもりは毛頭ない。


