世界はそれを愛と呼ぶ




「─多喜子」

名前を呼ばれて顔を上げると、何十年も前から変わらない優しい微笑みを浮かべている人。

「……ライ」

多喜子だけが呼ぶ、彼の愛称。
彼は嬉しそうに笑いながら、多喜子の頬へキスをする。

「今日は少し、顔色が良さそうで安心した。……早く、ここから出すからな。もう少しだけ」

「ライ」

「嗚呼、そうだ。困ったことはないか?なんでも言ってくれよ、お前の為ならなんだって」

「ライ」

いつもいつもいつもいつも、同じ言葉を言う。
多喜子に、多喜子という名前を与え、愛を与え、守り、愛してくれた、唯一無二の存在。

とある事情で、婚姻関係にはないけど、長い間、こうやって人の目につかないように隠されているけど、それでも、多喜子は幸せだった。

繰り返し名前を読んで手を伸ばすと、抱き締めてくれる。

「……今日、華宮家から連絡があったよ 」

「華宮家から?」

多喜子は社交界に出たことはない。
けど、華宮家から連絡が来ることはおかしい。
何故なら、ライはこの家を滅ぼそうとしているからだ。
だから、連絡なんて来るはずがないのに。

「もしかしたら、この家を終わらせようとしていることを察したのかもしれん」

「?、華宮家は困るの?」

「困らないさ。国の中にある、ひとつの家が消えるのに、かの家が困るものか。古くからあるだけで、特に、父さんが生きていた頃に比べれば、今は特に価値などない。資産だって、ちゃんと全て分配してから終わらせる予定だし」

頬を撫でられる。
その手は少し冷たくて、多喜子は目を閉じた。

「全てが終わる前に、仁知華を解放しなきゃ」

「そうだな。終わらせる前に」

もう、十分に生きた。
歪んだものだったけど、幸せだった。
この人と一緒に過ごせたこと、出逢えたこと、それら全ては幸運であり、だからこそ。

「……怒られてしまうわね、彼女に」

彼の胸に耳を当て、鼓動を聴きながら、思い出す。

「…………そうだな」

間を置いて、小さく漏らされる一言。
明るく、眩しく、あの頃は全てが好転すると思っていた。