世界はそれを愛と呼ぶ

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「─ゴホッ、ゲホゲホゲホッ……っ、はぁ、」

ベッドの上で激しく咳き込んだ老齢の女性は胸を抑えながら、近くの水差しを手に取る。

「多喜子(タキコ)様、無理は禁物ですよ」

すると、すぐに現れた優しく微笑む若い女性が水差しを代わりに持ち、多喜子のそばにある器に水を注いだ。

「……ありがとう、仁知華(ニチカ)」

明るく、優しく、暖かい側仕えに、多喜子は微笑む。

「あなたが来てから、この部屋は明るくなった気がするわ」

「フフフッ、実際、明るくなってるかもですよ〜」

いつも笑っている彼女を見ていると、気持ちが軽くなる。

「……仁知華みたいな子は、こういう閉鎖空間で働くの、苦痛にならないの?」

「なりませんね〜」

「外で働きたいとか……」

「ないです。多喜子様は優しいし、旦那様は高待遇で、私は何となく今、男を追いかけている最中で!」

「男の人を、?」

「はい。一方的に振られて、ちょっとムカついてて」

「え、殴るの……?」

「それは勿論!」

そう言いながら、空中で殴る素振りをする仁知華。

「その方を、愛しているの……?」

多喜子は、震える声で尋ねた。
すると。

「はい!」

すごく綺麗で、眩しい笑顔が返ってきて。

「愛しています。あの人の為なら、ある程度のものは捨てられるってくらいには、」

それは、人を愛する女性の横顔だった。
あの人とは違う、本当に誰かを愛している─……。

「……素敵ね」

「そうですかぁ?」

「ええ、とっても素敵。……私はね、今でも夢に見るのよ」

多喜子は、孤児だった。
親を亡くし、劣悪な施設の中で育っていた。

7歳に近づいたとある日、無愛想な男が迎えに来たと思えば、多喜子は知らない女の娘になった。

名前も与えられていなかった多喜子は、早く消えてしまいたい、と、願う日々を過ごした。

罵詈雑言、空腹と痛みと戦う日々。
人としての尊厳など守られず、言葉も話せなかった。

そんな多喜子の前に現れたのが。