世界はそれを愛と呼ぶ




「希雨(キウ)姉さんとの違いか……」

眠り続けて、もう少しで2年経つ従姉─御園希雨。
今年で確か、25になる。

「希雨さんの見つかった場所って、何処だったの?」

「それが、そこら辺があやふやでな……」

希雨姉さんの事件があった時、相馬はまだ15歳だった。
確か、15の冬だ。寒いな、と、思いながら、空を見上げたら雪が降っていて、そこに滑り込むように。

『相馬っ、希雨が─……っっ』

─いつもは礼儀を重んじる、希雨の婚約者がそう言って駆け込んできた。

「相馬に報告をくれたの、甲斐とかじゃなかったんだ?」

「その頃の俺は相馬の命令で、桜の捜索の方に当たってたからね。あまり相馬のそばにいなかったんだ」

「あ……それは、大変お世話に……」

「いえいえ。桜は悪くないでしょ」

桜の純粋な疑問に答えて微笑んだ甲斐は、

「本当に無事に戻ってきてくれて良かった」

と、桜の頭を撫でた。
桜は嬉しそうだが、隣で薫は面白くなさそう。

「まぁ、そんなわけで、俺も後から聞いた話ではあるんだけど、希雨はとある式場の前で待っていたんだって」

「式場って……結婚式の?」

「そう。そこはね、希雨が婚約者……御巫久遠(ミカナギ クオン)と結婚式を挙げたいと話していた場所でね。久遠曰く、そこに呼び出されたらしいんだ。手紙で」

久遠は深く、深く、希雨を愛している。
というのも、御園の血筋に関するもののせいでもある。
御園はその長い歴史ゆえに歪んでしまい、自身の最大の理解者となる配偶者は、命と等しい存在となる。

その配偶者は運命として、自然と定められており、実際に出会うと、『ひと目でわかる』らしいが……生憎、相馬はそういう出会いをしたことがないので分からない。

また、その運命の配偶者を、御園では《番》と呼ぶ。
長年の歴史と、その血筋により、《番》にはいくつかの呪いがあり、運命に反すると、その呪いが発動する。

その呪いは残酷な一面もある一方、番を得た人々からすれば、そのような呪いなど些細なことと言わしめるほど、御園の人間にとって番の存在は大きかったりする。

だからこそ、番の存在を見誤れば、とんでもない最悪な結末を迎えるのだが……。

(例えば、俺の両親みたいな)

基本的には見誤らないようにはなっているが、見誤った者の末路は、どの時代の歴史においても悲惨だ。

久遠は御園の分家のひとつ、御巫の嫡男。
御園に仕え、御園に全てを捧げることを誓う家。

正直、久遠は御園の中で生きる必要はない。自由になる権利も持つ。それこそ、一般人と変わらず、普通に就職して、家庭を持って、生きていける権利を。

御園姓を持たず、また、本流より血が遠ければ遠いほど、自由になれる可能性を持っているのだから、当然だ。
しかし、久遠は逃れられない希雨を愛した。
希雨を番だと、魂が認めた。同時に、希雨も。

だから、彼は御園の中で生きる覚悟をした。
普通に生きる権利を失っても、番を失うよりは、ということなのだろうが……希雨が目覚めないことで、日々憔悴していく久遠を見るのは辛く、罪悪を感じる。

当主でありながら、守護できなかった。当主でありながら、原因が何も分からない。色々な方法で調べているが、何も分からないまま。

「久遠が式場を訪ねた時、傍には深くフードを被った少女がいたと聞いた。少女は何も言わず、久遠に希雨を渡した。正直、少女に何が出来る?そう思いながらも、久遠は希雨への想いから、少女を責め立てたそうだ」

……仕方がないことだ。逆に殺さなかったことが、奇跡に近い。それだけ、御園の【番】というものは重い。

「そしたら、希雨が止めたらしい。『私を助けてくれたの。私は大丈夫だから、その子を責めないで……少しだけ、眠るね』─そう言ってから2年、希雨は」

『なぁ、相馬。少し、って、なんだと思う……?』

眠る希雨姉さんの横で、久遠はそう泣いていた。
御園の本流から血が遠い為、番としての衝動は弱い。
それでも耐えられないくらい、ひとりは怖い。

(番を得ると、俺達は弱くなってしまう。それをどう捉えるかは、また個人次第)

相馬自身、番が欲しいかと問われれば、どちらでも良い。
でも、想い合う人々を見ていると、心が揺らぐ。
ひとりぼっちで彷徨うのは、怖いだろう。
─その暗闇で寄り添い、共に堕ちてくれるのならば。