世界はそれを愛と呼ぶ



「─あっ、やっと来たぁ!」

天宮家の敷地に入り、いつも通りの場所に駐車した後、待機していたメイドの案内で花々が咲き誇る、白レンガが敷き詰められた道を歩き、正面玄関に着くとほぼ同時。

その声と共に、甲斐に追突したのは……。

「痛い、澪(ミオ)」

「ちょっ、こ、こっちの台詞っ、頭、頭掴まないでっ」

甲斐は慣れた手つきで追突してきた澪の頭を鷲掴みにし、自身から遠ざける。

「ちょっと、お義姉ちゃんに優しくしても良くない!?」

「義姉なら義姉なりに、もう少しおとしやかになってくれない?」

黒髪短髪、パッと見は少年みたいな見た目をした澪─千波澪はいつも通り、甲斐に負けると、自分の旦那である千波相模(サガミ)の元に駆けていき、背中にしがみついた。

「遅かったな、相馬」

「そうか?悪い」

「もう、薫(カオリ)。…謝らなくていいよ、相馬。私が急に呼び出したんだから。ごめんね、忙しいのにありがとう」

素直に謝ると、彼のそばに居た桜(サクラ)が微笑む。

「私がわがままを言ったばかりに……相馬にまで、迷惑をかけることになったんでしょ?本当にごめんね」

「いや、こっちはこっちで色んな何か思惑があるみたいだから、別に良いよ。仕事休んで、遊べって言われたし……そんなことより、本当にあの街で良いのか?姉さんも心配していたけど、辛くないか?」

あの街─それは、この国から独立した街のことだ。
黒橋家が代表として、数十年前から治めている3つの街は過去にあった様々な事件から、国が見捨てると判断した、治外法権の土地である。

その土地では表向きになっていないことまで含めると、想像を絶する事件が多くあり、あの街に住む人々の殆どはその犠牲になった人々……または、その遺族である。

教育方法から就職、法や税金関連などの何もかもが違い、あの街について知っている人によると、国の統治下にある場所を彼らは“外の世界”と呼ぶという。

また、“外の世界”よりやってきた人間を、彼らは決して拒絶しないとも。─もっとも、治外法権の土地なので、何があっても自己責任の土地になるわけだが。

相馬達の本家があるのも、今いるこの場所も、彼らからしたら、“外の世界”に当たる場所である。

桜は“外の世界”で攫われた後、意識がない状態のまま、その街に連れ込まれたらしく、あの街の中に残されたままの事件の現場のひとつだった廃墟で発見された。

桜が発見された廃墟だけではなく、あの街には他の事件の残骸とも言える廃墟や廃屋も多く存在しており、取り壊す予定は無いという。
─まるで、国にずっと訴えかけているようだと、遺族からの声のない恨み言だと言われている。

そんな多くの廃墟はそのまま残しておくと同時に、勿論、厳重な警備がついている。そして、基本的に誰も寄り付かない。あまり気持ちが良い場所では無いのだから、それはそうだろうが、そんな場所に数年ぶりに足を踏み入れた女性がいた。

その少女は桜と変わらない年頃だったと聞いた。
桜を見つけた瞬間、その場で直ぐに応急処置などを施してくれ、医療関係者に桜を預けてくれたという。
その医療関係者の身内が、相馬の叔父と繋がっていて……数年間に渡る、地獄のような日々は終わりを告げた。

「辛いというか……あまり記憶が無いから、何とも言えないんだけど。特に何もされなかったことは、確かよ。『間違えた』と言われた記憶があるから、最初からやっぱり、お祖母ちゃんを狙っていたと思うんだけど……」

「いや、祖母さん狙って、何になるって言うんだ?」

「馬鹿ね、薫。お祖母ちゃんは、お祖父ちゃんの弱点でしょう?唯一無二の無くせない、最愛。だから、焔棠のことを徹底的に弱らせる目的だったと思うんだけど……」

「そんな馬鹿なことを考えるやつは一定数いるが、それでも、何か違和感があるんだよ。なぁ、相馬」

「……」

薫の言わんとすることはわかる。確かに変だ。
じわじわと追い詰められるみたいで、気持ちが悪い。

誘拐事件は、桜で2度目だった。基本的には何もされないみたいだが、1度目の被害者である相馬の従姉は攫われた後、生きたまま帰ってきたものの、数年間目覚めず、今も眠り姫状態だ。

もう身体に傷は無いのに、目が覚めない。
そのことから、精神的に何か施されているのではないかと疑い、桜の事も調べたけれど、桜は攫われる前と変わらず、問題がなかった。