「─怖いわけないでしょ」
沙耶は思わず、そう告げた。
だって、怖くなんて無いもの。
「相馬みたいな優しい人、私は知らないよ」
相馬の手を払い除けて、沙耶は相馬の両頬をもう一度、包み込んで。
「相馬のおかげで、朝が怖くないの。相馬のおかげで、寝るのが怖くない。笑うのも、泣くのも、怖くないの」
全部、良いんだよって。全部、大丈夫だよって。
─相馬が、抱き締めてくれたからだよ。
「だから、相馬には私がいるよ。何も力になれないけど、こうやってそばにいることしか出来なくて、いっぱい迷惑かけてるけど、独りにはしないよ。…独りは、寂しい」
沙耶は自分で何を言ってるのか、よく分からなくなりながらも、ちゃんと言いたいことを言い切った。
独りは寂しい。誰かと一緒は、安心する。
その心地良さを教えてくれたのは、相馬だった。
相馬は目を瞬かせて、そして、一筋─……。
「わっ」
膝立ちしていた沙耶の腰に衝撃。
そのまま腕を回されて、キツく抱きしめられる。
「……」
沙耶は相馬の頭を包むように、抱き締めた。
恋とか愛とか、結婚とか。
そんなものはよく分からない。
でも、この人のそばは居心地が良い。ただ、それだけ。
世間一般の常識からしたら、私達はおかしい。
でも、何もかもが狂ったこの街では、普通なのだ。
「お前を、巻き込むよ……」
「何言ってるの。私は既に巻き込んでる。お互い様よ」
沙耶の苦しみが、相馬のせいなんてあるわけない。
火がないところに、煙は立たない。
鬼のことだって、まだ全然分からない。
相馬はどう見ても人間で、確かにちょっと人間離れした容姿だなと思う時はあるけど、普通に笑い、泣いて、怒ってくれる人。
「…………お前を、俺の【運命】と呼んでも?」
小さく聞こえてきた告白は、沙耶の鼓膜を叩く。
「運命」
何となく、繰り返す単語。
沙耶を抱きしめる腕に、籠る力。
(それはつまり……)
「……じゃあ、私がこの世界でいちばん、相馬の味方になれるってことだね」
沙耶の考えは、甘いことはわかっている。
考えることも、立ち向かうこともたくさんで。
この人の悩みは何も解決していないだろう。
沙耶には、何も出来ない。
でも、この人を一人にはしたくないの。
「ねぇ、今日も一緒に寝よ」
勢いよく、顔をあげる相馬。
「……や、一応、年頃の男女だが」
「一回寝たし」
「それは沙耶が魘されていたからで」
「うん。だから、今日は相馬を抱き締めて眠りたい気分」
にこーっと微笑んで、ちょっと力技。
すると、少し目を赤くした相馬はフッ、と、力が抜けるように笑った。
「─仰せのままに」


