沙耶は、相馬に救われた。今なおも、救われている。
それなのに、この苦しそうな人を今、楽にする方法なんて思い付かなくて。
「沙耶を見た時、勝手に気持ちが傾いた。多分、俺のどうしようもなく閉じ込めた感情を、既にどうしたらいいのか分からなくなった感情を、沙耶の手伝いをすることで昇華しようとしていたのかもしれない。……悪い」
救われたのは、救われているのは、事実だ。
だから、そんな謝ることじゃなくて、相馬と出会ったことで、沙耶はやっと息が出来ているような。
「俺は、沙耶を利用したんだ。沙耶が笑う度、幼かった自分も救われていくような……今になって、あの人が俺に怯えた理由が分かる。理解してしまった。でも、この持て余した感情は、閉じ込めたあの日々は簡単に忘れられなくて、俺があの人の息子として生まれて来なければ、あの人は今も狂ったままだったとしても、生きて、それで……」
沙耶は、相馬を抱き締めた。
暖かくて、優しい手を持つ人。
そんな人が、自分で自分を傷つけていることが許せなくて。
「さ、沙耶?」
「……私は、利用されてもいいよ」
「……」
「それでも、相馬に救われたのは、救われているのは事実だし、ここで過ごしている今、私がどれだけ安心しているか、貴方と出会って何回、生きていて良かったと思っているか、貴方は知らないでしょう」
相馬は何も言わなかった。
動かず、ただ、沙耶にされるがまま。
「貴方に出会えてよかった。あなたが何を話そうとしていて、あなたが何を考え込んでいるのかわからないけど……逆に、利用していたと言われて安心もするわ。初対面の私を、相手の目を誤魔化すためとはいえ、自分の婚約者にするなんて……あまりにも思い切りが良いもの。どうすれば、あなたに恩を返せるかなって考えていたくらいよ」
両頬を包んで、ニコッと微笑みかける。
「あなたがどんな人間であっても、私が知る相馬と違っていても、どちらもあなたの一部に過ぎない。私がどんなに泣き喚いても、貴方は抱きしめてなだめてくれたでしょ。逆も同じ。貴方が何を言ったところで、それも相馬の一部なんだと、私は思うだけだよ」
伝えられる言葉は、そんなに多くない。
だって、沙耶は相馬に守られている。
甘やかされて、守られて、大切にされている。
普通、両親が、家族がいないからって、形だけの婚約者とはいえ、自分の家に招いて衣食住の世話をするなんて。
それが世間の常識的におかしいことなんて、もちろん、沙耶も知っている。


