その日記帳には、すごく不安定な手跡が残されていた。
どうやら、この日記は12歳の少女が記していたもののようだ。初めのページでは、自身の年齢と名前を記していた。
最初は両親が事故で亡くなってしまって、施設に入ることになったことが書いてあった。
少女の感情が深く刻まれていたその日記は、ページをめくる事に風向きがおかしくなっていき……。
最後のページには『あなたを愛してる』という言葉と共に、とある男性の写真が添えられていた。
勿論、その写真の男性には見覚えはなく、その写真の下にはもう2枚あり……1枚目は、先程の男性と幸せそうに笑い合う女の子の姿。この子が、この日記の持ち主だろうか。
2枚目は……。
「何?これ……お母さん?」
先程の女の子とは別の、女性がふたり。
ふたりとも黒髪の女性だったけれど、片方の女性はお母さんに似ていた。その女性はこちらに向かって微笑んでいて、その横に並ぶ女性もまた、楽しそうで。
写真を裏返すと、『大好きな親友と!』と書いてあった。
「西園寺麗良(サイオンジ レイラ)、華月妃(カヅキ キサキ)……」
この写真の女性たちの名前だろう。
裏側の上部の方には、『貴方の大切な人が今も幸せでい続けていることを願って』とあった。
少し汚れていて、その写真の古さからかなり前の元だと思う。─何があったのか、それが掻い摘んで記されている日記は、恐らく、書き手の生涯を表していた。
「……少し、お借りします」
今、この書き手の方がどこで休んでいるのかは分からない。でも、心の底から安らかに眠れていることを祈り、沙耶は目を伏せた。
この日記の中身は、この廃墟で昔あった事件の概要が記されていた。世間からは秘匿された、国の大失態の最上級にあたるこの事件は、多くの犠牲を出している。
世間ではそんなに公になっていない、残酷非道な大事件。
本物の人間を使った、人体実験。
それは多くの犠牲を、苦しみを生み出し、今も、その実験施設がある街に影を落としている。
1度は全てを撤去してしまう予定だったが、街の人々の希望により、立ち入り禁止などの手続きをした上で、原因解明の日までは残されることとなった施設。
『もしかしたら、誰かの家族がいるかも』
『帰りを待っている人がいるかも』
『どんな形であっても、例え、アクセサリーのひとつになってしまったとしても、返せるものは家族の元へ』
─そのような意見が多々、上がってきたらしい。
そんな優しい意見が出るのも、別の事件のせいだろうが。
写真を挟んだ日記帳を手に、沙耶が門の外に出ると、門番が話しかけてきた。
「そちらを持っていかれるのですか?」
「ええ。ちょっと調べたいことがあって……」
「そうなのですね。……無理をなさらぬよう」
沙耶の身分上、派手な詰問などはない。
沙耶はお礼の会釈を軽くして、足を進めた。
─それが、長い旅の始まり。そして。
「……人?」
その廃墟に再び戻ってきた日、目を覚ました少女。
その少女と出会ったことで、私の運命は回り始める。
─少女を見つけたことで、私は貴方に出逢った。


